同刻。
波の国、ドヤ街にある七階建てのビル。

「……あ?」

ぽかんと口をあけたナルトは腹を見下ろす。ずる、と柄からすべりおちた女の指、腹のあたりがいきなり生ぬるくなりひやりとした。それと痛み。手を押し当てる。しめった布地、あかく汚れた指先がうつる。

かは、と渇いた呼吸をして膝から床に倒れこむ。みあげるナルトの目の前の女が、血でぬれた指を震わせている。

油断してんじゃねえよ、ウスラトンカチ、とサスケの声が聞こえるのに、ナルトはああ、やばいな、とぼんやり思う。

(つか、オレ、なんで、気づかなかった)

事務所としてつくられた場所にほうりなげられた畳み掛けの洗濯物や雑誌、生活用品などをみてみれば部屋の中はどうみても、女の匂いがしない男の一人暮らしだ。 少なくとも長く住んでいるようには見えない。しかも、生活していれば、人間として必ずあるはずのにおいがこの女からはまったく感じられない。

(無臭だなんて、素人であるわけねえだろうが)

女に甘い顔すんじゃねえ、とよく言うのはシカマルだ。

やべ、と思うナルトの頭の後ろ、金属製のドアが開く音がする。さしこむ赤光が床の上をきりとるのを感じながら、ナルトの意識は電源をおとすように暗転する。










あしの先生なら、先月末でもう退職されてますけど、と電話口で声がしたのに息を呑む。

『いえね、夏休みにはいって、急なことだったものですから、生徒さんには学期明けにおしらせしましょうってなってたんですけど』

なにかあったんですか?とのんびりという教員の声にカカシはいいえ、と告げるとフックに受話器をもどした。みつめるアジロとサスケに首をふってみせた。

「ナルトから連絡は?」
「いえ、まだ入ってないですね」

まずいな、とカカシは眉をひそめる。

後手後手にまわっている。たぶん今日、ツナミがでかけたのもあしの側の罠だったのかもしれない。 もしかしたら傀儡衆の会合でカカシがいないこともはかっていたのかもしれない。ナルトやサスケが家にいたとしても、一人で行動していたツナミを狙うことはできただろうし、イナリも狙えた。おそらく誰でもよかったに違いない。

タズナたちがもともと狙われていたのではないか、というアジロの話をカカシは退けた。タズナたちが霧隠れに狙われる理由がわからない。よしんば橋をたてたことに理由があるにしても、爆破するなりなんなりして破壊してしまえばいいだけの話だ。

「仕方ない。サスケ」
「なんだ」
「警察のほうにツナミさんから話をとおしてもらって、イナリくんを探してもらってくれ。人手はおおいほどいい」
「カカシ上忍」
「なんですか」

部屋のすみからあがった声にカカシはアジロを一瞥する。

「この任務は、波の国の内偵任務は伏せられたものじゃないんですか」 警務部隊に話をとおしたら公にならざるをえないでしょう、というのにカカシは額宛のきわを掻いた。

「まあ、そうですけどね、もう伏せるどころの話じゃないでしょう。俺らの行動はあしのに読まれてたし、実際タズナさんは怪我してるし、イナリくんは行方知れずだ。普通の人にね、被害がでちゃった時点でもうこの内偵任務は失敗です。別の手でいくしかないでしょう」

それとも伏せたい事情でもあるんですか、と尋ねたカカシにアジロは押し黙る。なんどか逡巡したアジロは喉のおくから声をしぼりだした。

「それは、公に手配をかけるということですか」
「……アマネさんの、姪御さんのことは残念ですが。心中、お察し申し上げます」

ご存知だったんですか、と呟くアジロにカカシは答えない。

「ですが一般人、しかも他の国の方に被害がでてしまった以上、木の葉隠れとしてはもう、見過ごせません。アマネさんは正式に手配をかけます」
「……ひとつ、お願いが。カカシ上忍」
「なんですか」
「このまま、私にお手伝いをさせて頂けませんか。報告をあげなかった咎は、この件が終わった後、査問にでもなんでもかけてくださってかまいません。この首さしだしましょう」

いえた義理じゃないのはわかっておりますが、とアジロは深々と頭を下げた。

「身内の不始末ぐらい、見届けたいのです」

おかしら、と低い声がかかったのはそのときだ。振り向いたアジロの背後に傀儡が立つ。 ナルトが見つかった、との報せにカカシとサスケは走った。

おうい、と赤い灯が揺らされ残光が糸のように漂う。コンクリートの堤をのりこえ、顔にあたる雨を腕で庇いながら走りよった。港近くにたてられた、コンテナにトタンをくっつけたようなバラック小屋にたどり着く。

どうぞこちらに、と扉をあけたのは誰あろうカガチだった。おそらく漁師たちの飯場としてつくられたのだろう、いかにも臨時につながれたとわかる裸電球の灯りは小屋がゆれるたびにふらふらと頼りなく明滅した。 水浸しになった床、衣服のなかばをぬがされたナルトが簡易寝台の上に荒い呼吸をしながら横たわっていた。おおきく包帯が幾重にもまかれているが、すでに赤黒い血が滲んでいた。

「岸にあがってたのを見つけまして。病院に運んでいいものか迷ったもんですから、とりあえず処置だけ」
「お知らせありがとうございます。あなたが」
「クチナワのカガチと申します。先日はご丁寧に連絡頂きまして」

深々と頭をさげたカガチはカカシに手を差し出した。握手をしたカカシはナルトの傍に近づく。

「ナルト」
「……起きてるよ、せんせい。へま、しちまった」
「いいから楽にしてな。なにがあったかは落ち着いたら訊くから、しゃべんないでいいよ」

うん、とこたえたナルトの顔は青ざめて白っぽい唇が震えている。血を失って体温がさがっているのか、酸欠になりかけているのか、どちらにしろ病院で処置をしないわけにはいかない。

「両肩がはずされてましたので、もどしました。あと肋骨にひびか骨折が。腹の傷ですが、動脈は傷ついてなかったみたいです、どうも腰のとこに晒をまいてたみたいで止血帯がわりになったようです。それが不幸中の幸いといいますか」

ただ腹は黴菌にやられると危ないですから、というカガチに頭をさげた。カカシはついてきていたアジロにナルトの身柄を任せることを指示し、サスケをふりかえった。

「今日のところは一旦指示があるまで待機、おまえはナルトを病院につれてって、タズナさんのとこにも張りついてろ。人は回す。アジロさん」
「はい」
「ツナミさんらを、よろしくお願いします」

畏まりました、と頭をさげたアジロはカガチにも頭を下げる。

「ご無沙汰してます」

お元気ですか、と笑うカガチにアジロはおかげさまでと短く告げるのみだった。 すぐに波の国の消防団から救急隊員がよばれ、診療所へとナルトが運ばれていく。雨は通り過ぎたのか、しらみだした東の空、高いところを雲が星をかくしながら流れすぎていく。

長い夜が明けようとしていた。










「P.S. I love you.」/TEAM7










P.S. I love you.11へ
P.S. I love you.13へ








back