そのくの一にやられたのと、カカシが聞き返すのにベッドに横たわるナルトが頷く。いかな九尾といえども腹部の傷はなおしきれていないらしい。

「……甘いもんと肉が食いたい」

怪我するとやたらと腹がへる、とナルトは唇を尖らせた。異常な回復を誇るナルトだが、それも無尽蔵ではない。細胞を賦活させるためにはどうしたって熱源が必要になる。

「ともかくお前は安静にしてな」
「つか、あのおばさん、超つええ。反則だっつの」

ナルトの発言にカカシは厄介なことになりそうだとため息をつく。

(よりによって、この時期に霧隠れの忍もでてくるとは、ね)

しかもナルトを一蹴するような手錬だ。ナルトは年が若く、隙が多いためつけいりやすくもあるが、並の忍クラスがどうこうできる力量の持主ではない。

(でもなんでその場で殺さなかった?)

あしのチガヤたちの目的が、カカシたちに害をなすことであるならば、ナルトを生かしておく理由が見えない。もっとも殺されるような状況になった場合、ナルトのなかの九尾がおそらく黙ってなかっただろう。さしあたっての危難ではないと九尾が判断したのなら、そのくの一には明らかにナルトを殺すつもりがなかったということだ。

(別口ってことかな)

波の国にはいっている霧隠れの忍たちも一枚岩ではないのかもしれない。







点滴のおちる速さをたしかめた看護師が頭をさげてでていく。窓硝子に大粒の雨があたる音が絶え間なく響いている。夕方にきた雲はにわかに嵐となって島ををおしつつんでいた。

明日には警察の方がお話をききにくるそうですから、といえばツナミは頷いた。しばらくは近所のセツという女性がツナミたち一家を預かるといってくれたので、イナリがかえってきたとき寝泊りできるようにはなっている。 父には、まだ知らせてないんです、と青ざめた顔をしたツナミが呟いた。そのほうがいいでしょう、とカカシが肯定をすればぼんやりと視線をあげて、小さく頷く。

「……どこに行っちゃったの」

なにやってるの、あの子、と呟いてハンカチを鼻の下に押しあて、咽んだ。

ツナミが会う約束をしていたという、イナリの実父のものらしい電話番号につないでみても、いつも話中になって応答はない。あしのチガヤは入念に準備をしていたようだ。

すこし寝ないと体を壊しますよ、といったカカシがツナミの傍に付き添う。目配せをうけたサスケが頷いた。サスケがタズナさんを見てますから、とカカシが言い、たちあがる。

よろしくお願いします、と深々と頭をさげたツナミは病室を出て行った。

うう、と呻いたタズナの声に転寝から目覚めたサスケはたちあがった。時計をみれば夜中の三時を回っている。小さくなった椅子にもちあげた首をねじむけたタズナは、ほっと安心したように枕に頭を戻し、かすれた声でつぶやいた。

「イナリ、母さんはどうした?寝とるんか」
「いえ、ちがいます。ツナミさんは明日の朝にまた」
「なあ、イナリ」

サスケの声をさえぎるよう、ささやくような声をだしたタズナに眉を顰める。声の区別がついていないのだろうか。意識が朦朧としているのか、口調はろれつが回らず頼りない。

「話がある」
「タズナさん、オレは」
「ええから、聞け」

聞かんか、といきなり癇癪でもおこしたように、かすれた声でタズナは怒鳴った。

サスケの口をつぐませたタズナはひとしきり咳きこんで、喉をひどく鳴らして喘いだ。ぜろぜろといやな音がする。荒げた息をついたタズナはもう一度、イナリ、とひどくせつない声で呼びかける。

「あの橋はなあ、もともと町全体でな、計画がたちあがっとったんに、ガトーの横槍でずっと中座しとったんじゃ。それの下請けをしとったわしとなあ、この村の人間が安くうけたんじゃ。だからなんも儲けもなくて機材や業者だけで足がでてな、わしのもってた土地だとか金もみんな、みんな、……ツナミがな、ツナミがいっしょけんめいおまえさんのために貯めとった金もみいんな使ってしもうたんじゃ」

すまん、とタズナの顔がゆがむ。なにもいえるはずがなく黙したサスケを、イナリだと勘違いしたままのタズナの手がベッドのシーツのうえをもがくようにさ迷う。

「だから、なあ、イナリ、ツナミの気持ちを汲んでやってくれ。わしのせいだのに、あいつはわしになんの文句一つもいわんかったんじゃ。文句のなんも、ひとっつも言いやせんかったんだぞ」

食いしばった老人の口元から軋んだ音がした。両目をおおう包帯にちいさく滲み、やがてこめかみにながれた涙にサスケは息をのむ。頼む、とタズナがいうのに喉から呻きともとれないひどい声がもれる。長い年月を資材を運び工具をあつかい、肉刺と胼胝でぶあつくかたくなった指の太い手が、サスケの手をつかんだ。波に風に光にあらわれてなお砕けない流木のような手だ。だが寝巻きの肩へとつづく腕は細り、首筋の皺や肉がおちた具合がおどろくほど細くたよりない。

五年前に自ら木材をかかえつくりかけの橋の上で、うな垂れる人々を叱咤し采配をふるっていた男はどこにいったのだろう。首をふる気配を見えずとも悟ったのか、せめてなあ、とタズナはサスケの手を握った。ひどく震えている。

「せめて、なあ、橋でなにか稼げるようにしとけばよかったんだがなあ、どうにも気がつかんで。ツナミになんも、おまえにもなんも残してやれんで。何十年もわしはなにを、しとったんだか。すまん。すまんなァ。まったく、……わしはまったく、バカだなあ」

情けない、とタズナのまぎれもない悲嘆の声にサスケは首をふることしかできなかった。なさけない、と二度タズナがくりかえすのに首をふった。

数十年を棟梁として立派に胸をはり数十人を背負い采配をふるってきたひとかどの人が、面子も自負もある見得もある、信用もある、そんな男がまだ小学生にしか通っていない子供に頭をさげ、涙をながし情けないとこぼすことを嘆くことをおもえば、どうにもやりきれなくてたまらなかった。声をだすことができない、なにもいってやることができない。

「わしはな、正直、孫より子供のほうがかわいい。どうでも、子供のほうがきになってしょうがない」

ごめんな、といったタズナはだから、とサスケの手を引っ張ってゆらした。すがる子供のようだった。

「だから、おまえはやりたいこと、やるって約束せえ」
「……」
「ツナミが心配、しよる。本島の学校でもなんでもお前のしたいこと、なんぼでもやりたいこと、やりたいっていうって約束せえ。ええか、母さんが一番心配すんのは、息子のお前なんぞ。この世の中でいっちばん、おまえに幸せになれっておもっとるんはあいつなんぞ。おまえがいうてやらんと、母さんだってなんもできんのだぞ」

お前は、そこらの子よりずっと自立心がつよいから、言えんのかもしれんがとタズナは寂しそうにけれど誇らしげに言った。

「ガキは悪いことせんかったら、我慢なんてせんでええんじゃ。やりたいこと、なんでも、やったらええんじゃ。おまえは絵も上手だし、なんか面白いもん考えつくのが上手じゃ。やったらできるまでやってみんか。お前のな、一番の味方がいつだっておるんじゃから。お前がなにしたって、一番の味方がおるんじゃから。海のあっちのカイザに笑われるぞ。な」

黙ったサスケの手をタズナの手がたしかめるようににぎり、口ひげをくすぐったそうに動かした。

「……なんじゃあ、おまえ、ずいぶん、手が大きいなァ」

声は潤んでいた。優しい声だった。老いても大きく温かい手だった。

「おまえ、大きゅうなったなァ。小指の先っちょもないみたいな爪しとって、ふえふえ泣いとったくせして」

「『……寝てなよ、じいちゃん』」

イナリの声に、タズナはそうだな、と頷いて長い長いため息をつく。

「お前も、はやく寝ろ」
「『うん』」

タズナの指先を一度、握ったサスケはその手をシーツのなかに戻して、もう一度イナリの声でおやすみと告げて廊下に出た。

よう、と手をあげたのは病室外の壁によりかかっていたカガチだ。

「まったく、泣かせる話だねえ」
「何の用だ」
「警戒しなさんな。あの怖い上忍ならいないから安心しな」

火のついた煙草をふかしたカガチは鋭く睨むサスケに話かける。

「あんたのオトモダチは大丈夫だったかい」
「あんたには関係ないだろう」
「あんたが早く、伝えてりゃよかったのになァ」

そしたらあのじいさんもガキも無事だったのにさァ、とカガチは吸い終えた煙草を観葉植物の鉢におしつけて消した。

「せっかく俺が教えてやってたのになァ」

じっと見ていたカガチはサスケのゆらぎもしない顔をのぞきこんで、ふいに噴出した。

「いやいや、ここまで言えばさ、怒るかと思ったんだが、なかなかたいした人だ。あんたは、根っからそういう人間なんだね」

どういう意味だ、と目をすがめるサスケにカガチは喉を鳴らして笑う。

「――――ろくでもねえ」
「……」
「ひひ、はははは、さすがに怒ったかい?」

ってことは図星ってことだなあとカガチは唇をつりあげた。

「まあ、俺も人のこと言えた義理じゃあないやね」
「……」
「カツラがよ。あんたに会いたがってたよ。あれで面食いらしい」
「いかねえよ」
「そう尖るなよ。怖い人だね。あんなでも俺にとっちゃ娘みたいなもんでさ」

今日はあんたと話しに来たんじゃないんだよ、とカガチは手をあげる。振り向けばカカシとアジロが廊下の向こうにいた。

どうも、と頭をさげるカガチにカカシも会釈をして歩み寄ってくる。肩をならべ二人で夜明けのなかに出て行った。

サスケ、と声がかかるのに足元を見る。イナリの匂いをおっていたカカシの忍犬がいた。









「P.S. I love you.」/TEAM7










P.S. I love you.13
P.S. I love you.15








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