「お話するのもここじゃなんでしょうから、移動しましょうや」

じゃあこれで、とサスケに頭をさげ如才なく笑うカガチが促すのにカカシは矮躯のあとをついていった。

「サスケへの伝言ありがとうございました」
「いえ、ちょっとご紹介がてらに教えてさしあげただけの話です。この国にはいられてから随分、アマネさんに関して話が難航していたようでしたので。―――なかに裏切り者がいるってのは、致命的ですからねえ」

お役に立てたならなによりですよ、と声をひくく落としたカガチは明け方の光がさしこみはじめた海沿いの道をあるく。

「にしても驚きました」

呟いたカガチが振り返り、下からすくいあげるようにカカシを見る。

「なんで、そのアジロさんがあの場におったんです?」
「…まあ、こちらにも事情がありまして」
「そうですか」

アマネはアジロの兄の娘だった。忍界大戦にまきこまれて一度、雷の国へと行っていたが十年前に家族でひきあげ波の国におちついたらしい。

「まあ、アジロさんも最近まで知らなかったようですがね」

アジロはアジロで一度養子にだされた。里親が忍だったようで木の葉の里でアカデミーにいれられた。当時は各国間が緊張し常に忍がたりなかった時期だ。めずらしいはなしではない。下忍として働いていたが、大戦で足に怪我を負い、傀儡として波の国におくりこまれたらしい。アマネの父とアジロがわかれてすでに二十年はたっていた。

すでに漁からひきあげてきた漁師たちが岸にあがりはじめている。水揚げに軋むクレーンのおもい轟きや競りの声がきこえはじめ、市場にちかづくにつれ人手が増え始めた。

「そんでも、肉親の情ってもんでしょうねえ。長い付き合いになるお人ですから、残念ですが」

できうるかぎり、私どももご協力をさせていただきますよ、とカガチはいい、みつめるカカシに頭をさげた。

「なんのかんのいってね、あたしらも忍の方々とお付き合いをさせていただいて損ってことはないですから」

どうぞよしなにと黄色い歯をみせていうカガチにカカシはどうもと頭を下げた。

「いやあ、しかし木の葉ってのは情に厚いとこなんですねえ。それとも私らの頃とは時代が違うってことなんでしょうか」

アジロさんにしろ、と呟き近場の屋台にはいったカガチはおおきな鍋をかきまわす女に二つ注文をして、丸椅子に座り込む。どうぞ召し上がってください、とわざわざ箸をてわたしてくるのを受け取ったが、カカシは口をつけようとはしなかった。

口に合いませんかね、とカガチは汁に息をふきかけてすする。

「まあ、それでお話ってなんでしょうね」
「いい加減、無駄話はやめませんかね」

いったカカシの顔をカガチはまじまじと見る。

「あんた、あしのの仕事をうけてますね」

アジロが調べあげてきた、おそらくあしの一族がかかわるガトーカンパニーがらみの会社の出資元とアマネは親交が深い。

「アマネの仕事先に、あんたの事務所から三回電話が入ってる」
「調べたんですか?」

だいたいあんたは信用がおけない、と呟くのに、ひひ、と喉を鳴らしてわらったカガチは残念だねえ、と呟いた。

「もうちょっと値段をつりあげて売りつけたかったんだけど、信用がおけないといわれちゃしかたねえや。ひかせていただきましょう。でも商売柄ゆるしてくださいよ。あと、俺を脅すのもなしです。俺がもどらないと、あのイナリって子は死ぬよ。俺も危ない橋はわたりたくないからさ」
「……」
「あのツナミさんだっけ、奥さん、いい女ですねえ。ちょっと前の旦那の名前をだして、電話でね、つついてやったらひょこひょこ町くんだりまで出てきてさァ、おめかししてね、かわいいったらない」

俺はすきだなあ、と呟いて唇を舐める。

「大事なもんがある人間ってのは、かわいいったらないね。一所懸命でさ。学費のこといったら一発だったよ」

俺はそういうのに弱いんだ、と呟くのに不快に横目にみたカカシは、ふと気がつき口をひらいていた。

「あんた」
「なんです」
「ゴトクって人を知ってますか」

どっと笑い声が隣の屋台で沸いた。野良犬に椀にはいっていた魚のアラをやっていたカガチがゆるりと首をもたげる。湯気でオレンジににじむ白熱球をみょうに潤んだ眼にうつしこんだ眼をまばたき、しばらくしてから、ああ、と笑みをこぼした。

「真面目な人でしたね。たまにここに来て飲んでましてね。奥さんが、病がちでさァ、金の工面に大変だっていうから色々と、話したこともありましたっけね。あの人、元気にしてますか。里に戻られたってきいてますが」

如才なく笑ったカガチのざらつくような声にカカシは顔をあげる。

「……あんた」
「はい」

なんでしょう、とカガチは唇の端をめくりあげてうすく笑う。カカシの眼が照準をさだめる鋭さで細まるのにうすい唇にのこった酒をなめ、店主のことを大声でよんだ。小さく唸り尻尾をまるめた野良犬が路地の暗がりへといっさんに走り去る。

「怖いねえ、さすが」

カガチは勘定を机において立ちあがり、ふらついた足取りを整えた。上忍はちがうね、ともういちどうすい唇をあまり色のよくない舌でなめて、また笑う。 握った拳、その袖口でちいさく光った刃は暗器だ。怖い怖い、とカガチは暗器をもった手をもちあげて降参を示すと顎をざらりと手のひらで撫ぜる。

「にしてもゴトクさんは、つかまったんでしょう?お気の毒でしたね。でもねえ、俺はなあんにも、してないですよ。なんにもね。ちょっとゴトクさんのね、愚痴をきいてやって相談にのっただけです」

俺がしたのはええ、それだけですよ、とカガチはカカシに向かって顔をつきだし耳元に囁く。勘定はわたしが持ちましょうといって、朝市にごったがえすの人波のなか歩き出した。

「クチナワの。あんたの目的はなんだ」
「あしのに雇われただけの話ですよ。浮き草は変わり身の早さが身上でしてね、片方だけなんて、けちなことはいいません。なにかあったら、あんたも金もっていつでも来るといいですよ、勉強さしてあげましょう」

俺は役に立ったでしょう、と笑い、またよろしく、と手をひらひらとふって人ごみのなかに歩き出す。ああそうだ、とカガチはふりかえる。

「あのうちはの、坊ちゃん」
「それがなにか」
「あしのが随分、気にしてましたよ。相当ひどいことをやったんでしょうなあ。帰して欲しけりゃ一人でおいでですってさ」

目をみひらいたカカシにカガチは黄色い歯をむき出しにして、声をあげて笑った。

「これは信用はできますかい?あの坊ちゃんもいいですよねえ。オニイチャンの話をすると簡単に目の色かえてさ。あっちのがあんたより話がわかりやすいかね、どう思います?」

ははッ、と肩をゆらしたカガチの、雲を踏むような足取りの矮躯がまぎれた人いきれと明かりのひしめき合いの只中、カカシはしばらく立ちすくんでいた。

そして走り出す。









「…ナルトの兄ちゃんは」
「なんだい」
「だから、ナルトの」
「誰だい、それ」

首をかしげるあしのチガヤにイナリはとぼけんなよ、と顔をあげる。バチンと頬に痛みがはじけて、顎がぐるんとまわった。

「静かにしてくれ」
「……とぼけんな、ナルトの兄ちゃんになにしたんだよ」

低い声で唸れば手首がしなってもう一度イナリの頭がぐるりと回る。
父さんなにやってるの、と娘が聞いてくるのに、なんでもない、とチガヤは返事を返した。

「わけのわからないことは言わないで静かにしてろ」

ついぞ聞いたことのない、底ぐらい声に首筋がちいさく粟立つ。どこかの工場でサイレンが鳴る音がした。襟首を引っ張られてのけぞったイナリの鼻の下、人中をチガヤの甲がひっぱたいた。前歯から顎にはじけた痛みにのけぞる。

首をもちあげようとすれば髪の毛を掴まれ、もう一度よこざまに頬を張られる。髪の毛が音をたててぬけるのがわかる。頬をかんで口のなかがぬるついた錆の軋った味でいっぱいになる。ばち、ばち、と繰り返される小さな音がだんだん、ぬれた雑巾を叩きつけるような音になった。

お父さん、ごはんなんにする、と訊かれるのに、なんでもいいよ、と返した。

イナリの髪から手をはなしたチガヤは汚れた掌をズボンでぬぐい、トイレに行こうとたちあがる。手の甲がすりむけて、わずかに痛むのに舌打ちをした。

床に転がっているのを、爪先でひっくり返す。床が汚れているのが目について、左足を後ろに引いた。授業で子供達と缶蹴りをするときの要領。かるく体重を移動させ、ひねるよう踏み込む。右、左。右足の甲にがつんとあたる。

床の上で楕円をえがくように子供の体が回った。ため息をついて汗を拭いた。よけいな体力をつかってしまったのが忌々しい。

「……」

ぼそぼそとなにか子供がつぶやくのにチガヤはなんだ、と身をかがめる。

「はっきり言え」

黒髪の隙間から涙だか血だかにまみれた子供の眼がのぞく。ゆらりと影がうごくのに、とっさに身をしずめた。 倒した首の上、かすめた斬撃に襟首の布地が吹っ飛ぶ。子供をひきよせてよこざまに転がってよけた。どん、と床におちてきた人影が露払いをするように刃をおおきく振るった。

一度だけ会った。イナリの横に立っていた顔を見て、すぐにわかった。

「随分、遅かったじゃあないか」









「P.S. I love you.」/TEAM7










P.S. I love you.14
P.S. I love you.16








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