忍犬につれてこられて、ビルの中に飛びこんだカカシは息をのんだ。 床をよごした血糊、つっぷしたおそらくあしのチガヤとその横にうずくまったサスケ。窓際にひっかかったナルトの姿。 おっせえよ、先生、と罵るナルトの足がくずれて、窓の外におちそうになる。ち、と舌打ちをしたサスケが床を蹴った。だが片手だけではナルトの体重を支えきれない。 「チィ……!」 「ナルトのにいちゃん!」 走りよって、ぐっとナルトを捕まえたのはイナリだった。二人がかりで思い切り襟首を掴んで引き戻し、床に転がせる。仰向けにころがったナルトは、一度咳きこんだ。 「テイ、チョウにあつかえっつの」 「落とされなかっただけ、文句いうな」 窓ぎわの壁によりかかったサスケが、両膝の間にうなだれてきつく目をとじて呟く。ああくそ、いてえ、と呻いて左手首をきつく握って出血をおさえる。 転がったあしのチガヤの傍らに膝をついたカカシは、首筋のツボに千本がささっているのをみつける。とりあえず呼吸を確かめ、息があることに気がつくと持っていた縄でしばりあげ、猿轡をかませた。 「サスケ、おまえ」 右手でにぎる、サスケの腕が不自然に短い。床の上、蛇のようにのたくった血のあとが赤黒くみえた。サスケの左手首から先が切断されてなくなっている。 ざっと視線をはしらせたカカシの意図をさとったのか、忍犬がはしって血糊のなかから、クナイで床に縫いとめられたサスケの手首から先をくわえる。はしりよって足元におく犬に視線をあげたサスケは、ひびわれた口をもちあげてわずかに笑う。 「くっつけたって、つかねえよ」 「バカか!」 怒鳴ったナルトが脇腹に走った激痛に呻いて床に転がる。 「う――ぐ、バカ、サスケ、おまえはや、く、手当て、しろ、っつの、バカ!」 「てめえに、言われたかねえよ」 「おまえらねえ」 ため息混じり呆れた声をあげたカカシを一瞥したナルトが口元を吊り上げる。 「せ、んせいの説教、なんか、あとでいいっつの、メシ、がまずくなるってばよ」 「フン」 貧血になっているのかサスケの唇が青ざめ、顔色が白くなっている。朦朧としているのか、瞬きがひどく重そうだ。やがてうな垂れる。気を失ったのだろう。 つづいてはいってきた傀儡や応援でよんだ部隊の者たち、自治体の警務部隊がはいってくるやたらとうるさい足音が遠ざかっていく。 「お説教すんのはオレじゃないから」 急造の担架にのせられる二人をみながら、カカシはふりかえる。背後に霧隠れの額宛をした女が一人立っていた。 サスケくん、と呼ぶ声に沈んでいた意識の暗い水底から引っ張りあげられる。体が痛んで、うまく呼吸ができない。両脇から腕をつかまれて支えられているのだとわかる。ひっぱられてひらいた肋骨に、息を吸うと喉でつかえた。咳き込むと胸元をひらかれて、さすられる気配がした。 それにしても左手がみょうに軽い気がして、動かない。 サスケくん、と呼ぶ声に、ようやくサクラだと分かる。 「……なんで、おまえがいるんだ、サクラ」 もつれる舌で言いながら、糊ではりつけたように重い瞼をもちあげる。 くしゃくしゃにゆがんだサクラの顔が一番にとびこんできた。抱きつかれてバカみたいに名前をよぶところも、昔とちっとも泣き顔が変わらない。 「おっまえ、サクラちゃんに言うにことかいてそれかよ!」 ナルトにサクラの反対側から頭をはたかれて、よろめいたところをカカシに支えられた。 「救援部隊で来てくれたんだよ。間に合ってよかったな」 おまえなにやってんの、ととがめるくせに安堵しているカカシの声にうるせえ、と返すとナルトにもう一度頭を殴られて倒れかけた。 うわ、とナルトの声。慌てるカカシの気配とサスケくんになにすんの!と怒るサクラの声。膝に完全に力が入らずへたりこみそうになる。あとはもうわけがわからないまま、きつく六本の腕にもみくちゃにされた。すこし痛い。 ふと重い瞼ごしに見あげたあたらしい色の空、雲間を金色に染めた旭日のまぶしさにたまらず目をとじた。自分とリズムの違う鼓動が潮騒のような確かさで心臓を揺らしてくる。 そうしてまた意識を失った。 |
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