足元気をつけろよ、とサスケがいうのにイナリはうなずいて岩場を歩き出す。もとより遊びなれた場所だ、サスケの隣に並ぼうとすこし距離のあるを蹴って飛ぶ。ずるっと足が海草を踏みつけてすべった。うわ、と声をあげたイナリの腕を振り向いたサスケの左手が掴む。

「っ!」

だがずるっとイナリの腕はサスケの手をすり抜け、イナリは転びはしなかったもののしゃがみこんだ。右の足首に思い切り体重がかかったのだ。たぶん捻った。

「ってぇ……」
「おい」
「ひねったっぽい…」

左手首を押さえたサスケがイナリの傍にしゃがみ込んだ。立てるかときくのに流石にうなずいて笑う。立てないほどではない。けれど歩くたびに重い痛みが足首に走るので脇の下にサスケが肩をいれて支えてくれた。

「悪い」
「え、なんでサスケの兄ちゃんがあやまんの」

サスケは黙って前を睨みつけるようにしているだけだった。





うずまきナルトははたけカカシが嫌いだ。





先生もさ、冷たいとおもわねえ?といったナルトに答えがかえるのは遅かった。

すこししつこい風邪をひきこんだサスケの部屋にいった帰りの日だった。ゴトクという上司の関係で警務隊に呼ばれたせいで、すこし負担がかかったのかもしれなかった。吐き気が強く脱水症状をおこしかけたので、点滴をうけたらしいときいたのは昨日の話だった。カカシは同じ建物に住んでいるが、サスケは頼る性格でもなかったしカカシはよりかかってくるまで手をのばすたちではない。だがすこしつめたいのではないかと思う。

あんたも先生もばかみたい、そっくり、とサクラは口をひらいた。コーラフロートのアイスをかき回していたナルトは顔をあげた。サクラはカフェオレボウルに口をつけて、ほんとに、とつまらなさそうに言った。

年取ったからって大人って限らないって言葉の意味が、よくわかったと付け加えてつまんだ伝票をつまらなさそうに見る。うすい紙をほそい指で丸めるとまたもとの場所にもどした。遅い春の冷たい雨が病院に併設した喫茶店の窓ガラスをすこし曇らせていた。有線放送で流れる知らない言葉の遠い国の歌、煙草の煙、囁きかわされる声と珈琲を落とす静かな音がひびいていた。

サクラはサスケに甘すぎだといったらしょうがないじゃないと形のいい眉を顰め、唇をすこし尖らせて拗ねたようにいった。不本意なのだと言いたげなサクラにナルトは黙りこむしかなかった。

「だからあんた彼女ができないのよ」
「うっわー、ひっでえ」
「自分が悪くなくたってごめんねって言わないと折れてあげないと、人間関係ってダメになっちゃうときがあんのよ。家族はいいけど他人は他人なんだから、がんばんないと終わっちゃうのよ。ずっと付き合おうって思うんなら、迷惑かける覚悟もかけられる覚悟もしなきゃいけないのよ、たぶん」
「そうなの?」
「家族だから許せないことだってあんのよ。でも家族はやめられないから、ごめんねっていうしかないときだってあるのよ」
「サクラちゃんはさあ」

サスケのこと、許せんの?ときけばバカねとサクラは唇を曲げて笑った。

「許すも、許さないもないじゃない。許したって許さなくたって、どうせ一緒じゃない。サスケくんはサスケくんのしたいようにしかしないんだから、私だってしたいようにしかしないわ」





「サスケとイナリは?」

夜の道をかけ戻ってきたナルトを出迎えたのはカカシだった。ぱらりと紙をめくったカカシは新聞の紙面からまったく視線をあげずにナルトに答える。

「さあ」
「んだよ、つっかえねえの。つーか先生ってば無責任」
「……またおまえは」

呆れたようなカカシのため息をきかない振りをしてナルトは玄関でサンダルについた砂を落とすために背中を向ける。最近カカシと言葉を交わすとすぐきつい言葉が出る。自分でも言いすぎだと思うし、事実何回かイルカなどに注意をうけたことがある。だが癇に障ってしょうがないのだ。なるべくなら話もしたくない。不愉快な言葉をはく自分もはかせるカカシも厭だった。

(オレだってわかんねえよ、なんでこんなムカつくんだろ)

玄関から音がしたのはそのときだった。ただいま、と聞こえたイナリの声にナルトは廊下を走る。テーブルで帳簿をひらいていたツナミは視線をあげたがなにも言わずじまいだった。

「あの、足捻ったみたいなんで、湿布とかありますか」

イナリに肩をかして廊下を進んだサスケがいうのに、わずかに驚いたツナミは慌てて立ち上がると二人に近づいた。すみませんと頭をさげるサスケに迷惑をかけてごめんなさいねと申し訳なさそうにいい、イナリをじろりとみた。

「そこの椅子にすわってなさい、氷水つくってくるから」

はずそう、とカカシが目配せをするのにナルトとサスケは借りている部屋に引き上げる。中にはいるやいなや、カカシはサスケをじろりと見下ろした。ナルトは眉をしかめる。

「どうしたの?」

まるで詰問だ。サスケは自分の左手を見下ろし、わずかに握ったり開いたりをして、眼差しをカカシにあげる。

「海岸の岩場にいたんだ。そこで足を滑らせた」
「そう。お前ら明日は鑑をとりに外回りするからよく休んどけよ」

へばるなよ、とカカシは言い置いて廊下に出て行く。なんだよあの言い草、とナルトが洩らしてもサスケは肩をすくめただけだった。

「…おまえ、むかつかねえんかよ。先生ってば超いやみったらしくねえ?」

体力ねえのは先生だっつの、とぼやくナルトにサスケはとくに構う様子もない。左手首を右手でささえてたしかめるように動かしているだけだ。サスケの答えはしばしの沈黙のあとに返った。

「しょうがねえだろ」
「しょうがねえってなにがだよ」
「カカシの態度が里の人間としちゃ普通だろ。おまえとかサクラが変なんだ」
「変って」
「里抜けってのはそんなもんだろ」

しょうがねえだろ、というサスケにナルトは眉を盛大にしかめて唇を尖らせる。

「しょうがねえって、お前、それでいいんかよ」

お前も先生もむかつく、と言い放ったナルトはきかれてもいないのにトイレ!と宣言をして廊下をどすどす足をふみならして歩いた。

「なんじゃ、夜に超うるさいのう」
「タズナのじいちゃん……ってまだ飲んでんのかよ!」

いい加減にしねえと肝臓わるくすっぞ!とナルトがいっても夜の縁側に腰をかけたタズナは笑って煙草をふかすだけだ。つまみらしいするめとナッツのはいった小皿を差し出してくるのに、毒気をぬかれてしまってナルトはしゃがみこんだ。

「こんな年になるとな、楽しみも良うないのよ。飲むぐらいは許してくれたってええじゃろ。わしの体じゃ」
「そうだけどよ、長生きしねえぞ」

健康でやんなるわい、と笑うタズナに、ナルトはあのさあ、と小さい声をだす。なんじゃと振り向いたタズナのとなりに腰掛けたナルトは日焼けした柱に頭をもたせかけた。

「ちっと、愚痴っていい?」
「なんじゃ、しおらしいのう」

ストレスと戦ってんの、オレってばセンサイだから、といったナルトにタズナはひとしきり笑って、どうした、と深い声で尋ねてくれた。ナルトの唇からもれた声は自分の声ながら情けない響きだった。

「先生はさあ、拗ねてんだよ単に。そんでサスケにあたってんの」

だせえの、といらだたしげに呟くナルトにタズナはパイプに煙草をつめてマッチで火をいれた。すこしふかしてから深々と喫む。

「お前さんもか」

虚をつかれて目をみはったナルトは眉をしかめて唇の両はじをもちあげるだけでわらう。らしからぬ自嘲だった。

「うん、たぶん、じいちゃんがいうとおりなんだ。オレさあ、先生がすんげ、ぶん殴りたいぐらいむかつくときがあんの」
「いっちまえばええんじゃ、喧嘩せんように我慢するから変なことになるんよ」

あはは、と明るく笑ったナルトはじいちゃんかっけえなあ!と続けた。

「伊達に歳くっとるわけじゃない。年だけとってもだめな奴もおるがの。時間がたてば成長するとも限らんからな」

ふうん、といったナルトはすこし考えるように瞬きをして、それからタズナを見あげた。

「それって、こういうこと?おれの師匠がさあ、小説かいてんだけど、つまんねえシリーズしかかいてねえの。よめんだけどもう一回よみたい感じはぜんぜんしねえの。でも一回だけ読んだ短篇かなあ、なんかすごい感動したのな。昔はじめて賞とったやつだったらしいんだけど、あれはものすごいいいと思う。そういうこと?」
「いつでも上り坂なわけじゃないからの。蛹も蝶も青虫もぜんぜん違う生き物じゃろ。知っとるか、条件がそろわんときっかけがなくて、ああいうのはかわれんのよ」
「きっかけがない?」
「温度だとか餌だとか。お前の師匠もそうなのかも知らん」
「変わりたくねえのかな」
「何事も時期がある。魚だって釣れないときはつれん。変わりたくてもかわれんのかもしらん。だが逃せば変わるのも楽じゃなかろう」

仰向いたナルトは目を閉じる。幾重も重なり埠頭に揺れた夜の光りは瞼裏で鈍く眩めきつづけた。息をほどけば瞼の下がなぜか潤み溢れてしまいそうだったので静かに呼吸をした。

「……なんかオレ、自分じぶんばっかで、ひとのこと考える余裕なくてかっこわるいなあ」
「10代の最後のころなんてろくでもない、みんなつまらんことで死にそうに悩むよ」
「そうかな」
「つまらんかどうかは今わかるもんでもない。だから悩めばいいんよ、悩まんかったら多分そのことで後悔する」
「悩んでも悩まなくても後悔すんだ」
「だからろくでもないんじゃ」

明快な答えに、ナルトは破顔した。笑った。ほんとうにろくでもなかった。サクラにむしょうに会いたかった。会って話をしたくてたまらなかった。ナルトとカカシをつかまえてバカねといったサクラの気持ちがすこしわかる気がした。たぶん、カカシがまともな大人だなんて思ってたからいけないのだ。カカシだってまだ三十をいくつかなだけなのだ。

(チームワークだ)

あの幼い日にもらった言葉がどれだけ自分を、自分たちをささえていたのか、どれだけ自分たちにとっても大事なのかカカシは知らないのだ。お前らみんな殺させやしないよ。仲間を大切にしない奴はクズだ。一言一句まちがえないで言える。忘れたなんて、ぜったい言わせない。

すっきりしたか、とのぞきこむタズナの水のように清んだ目をみつめかえし、ナルトはもう一度笑った。

















「P.S. I love you.」/TEAM7











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