「すっげー……」 感嘆の声をあげてぐるりと町をみまわすナルトに頓着せずサスケはすたすたと歩みを進める。大通りはせわしない人の群れで気を抜くとすぐ姿を見失ってしまう、ナルトはあわててサスケの背中を追いかける。 「五年ってけっこう違うもんなんだな」 「そうだな」 土をふみかためただけで雨がふればぬかるんでいた道もいまは石畳で舗装されている。上下水道も完備されているし、電柱も増えているに違いないだろう。露店にだされている青果や雑誌には他国のものが増え、雑誌だけでいえばはるかに新しいものになっている。自転車で通りすぎる人の服装もあからさまに質のいいものになっているといいきることができる。 大樹のような高楼を窪地にたてる隠れ里とはちがい、波の国は台風の直撃がおおいこともあってたいがいの建物はせいぜい三階建か四階、窓はおおきくとも壁がぶあついのはなんとなくわかり、ベランダの柵もコンクリートでつくられた頑強なつくりになっている。ただ南の国らしく、淡いピンクや水色にペンキでぬられた建物は遠めにみるとラムネ菓子のようだった。 「すっげーなあ、タズナのじいちゃん」 「きょろきょろ余所見してんじゃねえ、とっとといくぞ」 「どこ?」 「傀儡頭と渡りをつけろって話だろうが。寝泊りするところを紹介してもらう」 きいてねえのかよ、と呆れたサスケの口調がやたらと懐かしい。多分に幼少時の境遇で、躾をする人間がいなかったためになにかひとつの作業に集中する習慣がなかったため、普通の子供より注意力散漫なところがあったナルトは下忍時代にもカカシの言うことをよくきかないまま飛び出して、サスケとサクラに怒られていた。 他国に入り込み十年、二十年にわたって情報をあつめるものたちは、遊芸を生業とする民に身をやつすことがおおかったため、傀儡まわしからとって木の葉では傀儡と呼ぶ。国によっては草など呼び名も違うが、することは同じ。忍は隠形し、情報をあつめるものだ。傀儡は網目のように各国にひそみ、変事があればすぐさま隠れ里へと伝令をとばす。本国からきた忍を支援するのも彼らの役割だった。 「んで、どこにいんの、クグツガシラ」 「貸し船業者をやってる」 「なんで?」 「観光客が出入りしてる。よそ者がきてもあやしまれないからにきまってんだろうが」 なるほど!と納得するナルトにサスケは眉をしかめた。 グラスボート、とのぼりのかかった店の中には土産物がならんでいる。もしもし、と奥に声をかけると二人を出迎えてくれたのは背のまがった女性だった。年の頃は四十ほどだろう、杖をついている。暑かったでしょうとお茶請けの黒糖と一緒に出された茶はあまり知らない味だったが、よく冷えていて炎天下の道を歩いてきた身にはありがたかった。 「傀儡衆の束ねをしております、アジロと申します」 名のったアジロは、船をとめてある桟橋まで二人を連れ出す。青いペンキでぬられた日よけのついた船は船底のところに透明なプラスチックのテーブルをはめ込んだようになっていて、遊覧するときに海の底がみれるようになっていた。昼の海をわたる風は汐のにおいをはらんでいるがすずしい。光の輪が揺れた。 タズナのところに何日か逗留しているといえば、町外れにあるからあまり心配はしなくてもいいが、タズナにとっても三人にとってもあまりよくはないだろうとアジロは舵をとりながら返す。 「たしかにはやく移動したほうがよさそうですね、明日には移動できるようにしましょう」 「姿を消したっていう、傀儡のアマネはどうなんですか」 ナルトのといかけにアジロは首をふった。 「まだ見つかってません。殺されたか、連れてかれたかもわからんのです」 「連絡は入るんですか」 「いえ、報告したものが最後になってます。勤め先もやめてたし、部屋は片付いてはいませんでしたが、なんていうんでしょう、旅行にでた感じといいますか」 なんらかの事情があってとしか思えないとアジロは言ったのだった。アマネの家族についてもすでに報告がされているが、傀儡にはまだ洗い出せるものがあったら探しておけと下知が飛ばされていた。 「あ、サスケ、ちっと飲み物買わせて」 「とっとと行って来い」 おう、と答えたナルトはポケットのなかの小銭をジャラジャラと鳴らしながら往来をわたり、すこしはなれた自販機に走っていく。木陰にはいったサスケは柵に腰をかけた。 「うちはサスケ」 いきなりかかった低い男の声にサスケは足元をみる。自分の影のうしろにひとつ影がはりついていた。ナルトは自動販売機のまえにかがみこんでいて、気づいた気配はない。 「振り向くなよ、アンタとことを構えるつもりはない」 「失せろ」 「そう尖るなよ、ケンカはしないっていってるだろう。それにオレは忍び崩れだ。あんたにやられたら死んじまうよ」 低い声で言ったのは若い男らしい。後ろでしゃがみこむ気配がした。なにかを飲んでいるらしい。ながく息をつく音がする。 「アンタたちの逗留してる、大工のじいさんちあるだろう。そろそろやばいよ」 「なに」 「この話はあんたへの前払いみたいなもんだ。おっと、お仲間がもどってきたな。オレはカガチという」 ナルトがかけ戻ってくるのを見て取ったのだろう、たちあがる。今度また会おうといって後ろで歩き出す気配がした。 ナルトが話しかけてくるのに答えながら、肩越しに一瞬ふりかえる。逃げ水を揺らがせ、いきかう自転車や人ごみのむこう、見えたのは波の国ではめずらしくもない麻のシャツをきた痩せた男の後ろ姿だけだった。 「…年頃の子っていうのは、難しいですね。なに言ったらいいのか、よくわかんなくて」 玄関から戻ってきたツナミはすこしこめかみを押さえた。イナリを追いかけてサスケとナルトがでていった夜の次の朝、友人と遊びにいくらしいイナリに同じ話をしてしまい、またイナリは機嫌を悪くしたようだった。よほど触れて欲しくないらしい。ナルトとサスケはカカシにいわれたとおりに外にでて情報を集めまわっているため、いるのは年長の三人だけだった。朝食の皿を重ねながらタズナは放っておけと言う。 「理屈がわからん年じゃないんよ。あれなりに考えることもあるんじゃろ。あまり構うな」 「そりゃお父さんは放っておけば子供が育つって人でしょうけど」 「なんじゃ、その言い方は」 呆れたような、でもどこかやわらかいタズナの声にふいに寄る辺ない子供のような幼い顔をみせたツナミは首をふって頭をさげた。 「いえ、別に。ごめんなさい、ちょっと疲れてるのよ」 それよりあまり飲みすぎるなっていってるでしょう、昨日も飲んだんでしょ、とツナミがいうのにタズナは知らん振りをしてお茶のはいった湯のみを傾ける。 「先生も、みっともないところ見せちゃってすみません」 「いえ。オレなんか部下に尻叩かれてるような上司ですから」 情けないですよと笑うカカシにタズナはそうかの、と首を傾げる。 「おまえさんが思うよりか、懐いてると思うがの」 「……はあ」 「なんじゃ、自信がないんか」 案外なさけないのう、とタズナがいうのにカカシは頭を掻くばかりだ。ナルトもかわいそうにの、とタズナがいうのに首をかしげるがタズナは何ももういうつもりはないらしかった。 タンクトップ姿のナルトが襖をあけて顔をのぞかせた。すでに夜だ。 「サスケ風呂あいたぜ」 「わかった」 立ち上がったサスケが廊下の角をまがるのを見送ってからナルトは自分の布団をひきはじめる。 「先生明日、アジロさんから使いが来るってさ」 「わかった」 「ってサスケ言ってねえの」 「一応、お前が主担当だからじゃない」 「面倒くせえな。あのさ、先生」 「なに」 「サスケの、気づいた?」 顔をあげると布団を敷き終えたナルトがシーツをひろげるところだった。 「なにをよ」 「左手、なんか調子わりぃみたい」 ひねったかなんかしたんじゃないの、と返したカカシにナルトは眉をしかめる。毎度不穏な雲行きにカカシも心中でまた眉をしかめた。 「調子わるいなら言うでしょ」 「いわねえよ、アイツ。先生に報告しなかったのだって、自分が信用されねーって思ってッからだろ」 断言したナルトは頭をかき回して苛立たしげにカカシの眼の前に座り込んだ。しょうがないだろ、といったサスケの顔がちらつく。笑うでもない怒るでもない、淡々とした顔だった。でもナルトは知っている。笑ってる人間が心底笑ってるわけではないときもあるということを。だって自分がそうだった。 「信用ってのは、一度しかきかないもんなんだよ。アイツの行動の結果なんだからしょうがないでしょ」 またしょうがないかよ、とナルトは顔をしかめる。両手で顔をなでてから、口元をおさえたままカカシをきつい目で睨み、口をひらいた。 |
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