恋人は危険な暗殺者!? すでに夜明けが近い。奢侈をつくしたパーティは盛況に終わり、船は太平洋の一隅に停泊をしている。東から星ほしがひとつまたひとつと消え始め、暁のヴェールが空をおおいはじめていた。 カランを捻ってシャワーを止めると泡交じりのお湯が大理石のタイルを流れて排水口に吸い込まれていった。サスケはぬれた前髪をかき上げ襟足でかるく絞る。湯気でけぶるまだ未完成な肢体に水滴がいくつもつたい落ちていく。胸元でチェーンにとおされたプラチナの指輪が揺れた。付属のアメニティから蝶の形になったバスキューブを取り出してバスタブに張った湯温をたしかめ、サスケは足をゆっくりと入れる。指先でつぶせばとろりとミルクのようにキューブは湯にとけ、広がったくせのあるバラの匂いに顔をしかめた。 「サスケ」 「なに」 「あの人には気をつけろ」 振り返れば浴室のドアをあけ襟元のタイをゆるめたイタチが立っている。チェン氏はすでに寝ているのだろう。外にキサメが控えているのは言わなくてもわかった。見た目も体も威圧感は十分だが必要に応じて気配を殺すのに長けているあたりはやはりプロだった。 「ICPOともうすくなくないつながりがある人だ。おそらく目当てはチェンだろう。警戒は」 「言われなくてもわかってる」 脇に漆黒の上着をかかえ、バスタブにあさくこしかけた兄の背中を見上げながらサスケはすこし眉をしかめた。侮られることはきらいだ。それがとくに敬愛する人ならば。 イタチはシャツのボタンをはずしてから右手をのばし、サスケの胸元でゆれる指輪に触れる。さらりと黒髪が背中を滑りおち水面に波紋をつくった。すこし拗ねたように目をとじているのに、機嫌をとるように形のよい額を撫でてやる。くすぐったそうにしながら額を撫でられるままにしている弟の白い瞼を見下ろし、本人にはそれと気がつかれぬようため息をついた。 自分で思うより抜けているのだ、この弟は。 そしてあの男が何かを探り出すために狙うのならば目下チェンが溺愛してはべらせているこの弟に決まっていた。 「警戒は怠るなよ。俺はもう寝る。キサメも仮眠に入るが、まかせていいな?」 額をこづかれ、不機嫌そうに眇められた夜空のように美しい瞳がきらめく。あたりまえだと言わんばかりに頷く顔が嬉しそうでイタチはわずか眼差しをゆるめ、たちあがった。 カカシはわりあてられた一等室でラップトップをひらいていた。定時報告のための情報を送信し終えた後、専用回線から組織のシステムにアクセスしいくつかのキーワードでもって検索をかける。おおざっぱにヒットした情報をディスクにおとすのと同時にざっとファイルを展開していくが、あまりめぼしい情報はみられない。 (新興の奴らにしては、慣れ過ぎているしな…) 移植した左目が疼痛を訴えるのにカカシは諦め、電源をおとすとカードを引き抜いた。 長時間座っていたせいで体中の筋肉がかたまってしまったような気がする。 (外にでて煙草でも吸うか…) 浴室からで、厚手のタオルで体の水気を拭き、たたんでおいておいたシャツをサスケは羽織った。窓からさしこむ夜明けの光に眼をほそめた。思いつくままキャビンを出て階段をおりる。すでに作業をはじめていたらしい従業員がかるく頭をさげデッキまででていく背中をみおくった。思ったとおり明け方の風が頬をふきさらった。あくまで遊覧にちかい航海だ、陸から離れていないのだろう、海鳥たちが船のまわりをとびかう影がデッキをよぎっていく。 船尾にむかえば波打つ水面に暁の光が燦爛と東からのびていた。船尾の手すりに手をつき、白む空に横ざまにたなびく金色のまぶしさを見つめた。我知らずサスケが表情をゆるめる。精巧につくられた陶磁のような頬に落ちた睫毛の影が風にふるえる。いつのまにか鳥たちがサスケに戯れていた。 「サスケ」 「!」 ざっと鳥たちが羽ばたき、無数の羽がカカシの視界をおおう。まるでそれは無垢な天使が天上へといままさに還らんとしているかのようで、おもわず華奢な腕をつかみひきよせる。 「なっ…!?」 「サスケ」 「ガキだからって舐めたもんだな」 なかば無意識に腰をひきよせ、重ねようとした唇がナイフの腹で阻まれる。睨みあげる漆黒の瞳に背筋がゾクゾクする。そうだ、天使なんかではない、この少年は。 「あんたなんかに懐柔されるかよ」 指が震えるほど緊張しているくせにはき捨てる声音の強さ、眼差しの強さにひき込まれる。我しらず薄い唇の端をなめたカカシはわずか、笑った。 「あんたの魂胆なんて、はなから承知なんだよ」 「俺なんかは趣味じゃない?」 「いいから退け」 ぐ、と肩を押す手をつかまえ、手すりに両手で縫いつける 「いいにおいがするね。髪も濡れてる」 「……っ」 のけぞる首筋に噛み付きながら言うと、幼い喉仏が上下した。 「……はなせ」 「厭ならとめてごらん」 白磁の肌が怒りに淡く色づくさまに満足して、しっとりとした唇を呼吸ごと奪った。 「ん……ぁっ?」 吐息をはいて力が抜ける、一瞬の隙をついて太ももを膝で割る。ぐ、と擦りつけるとわななく唇は咲き初めのバラのようだ。昨夜味わって以来、カカシを虜にしたやわらかさに酔いしれながらさらに深く貪る。 「は……ん、ん」 じわりと熱をもってくるのがわかる。両手が使えなくてもよかった。唇を頬に、瞼に落とし、白い首筋にはりつく黒髪から、雫がボタンをいくつかあけたシャツの襟元から吸いこまれていくのを唇でたどる。かちり、と銀のチェーンをたどり指輪を軽く噛み、ゆっくりと上下する白い胸に顔をうずめた。 「てめ……っ」 「邪魔だね。まあ、いいか」 抗議の声をものともせず、ボタンを噛みきろうとしていたカカシはシャツのうえから左の乳首を舐めあげた。 「な……てめえっ」 清潔な白シャツが淡い色をすかし出してはりつき、尖った形をあらわにする。吸いあげながら、ときおり舌先で叩くようにすると抗おうとしていたサスケの腕がかくんと折れそうになる。 「落ちちゃうよ」 「なら、はなせよ…っ」 濡れた敏感な場所にカカシの熱い吐息が当たる感じがたまらない。篭る熱を必死で散らそうとしながら、悪態をついてもカカシは聞く耳を持たなかった。 「ほら、右もおっきくなって来た」 「人を、呼ぶぞ…!」 「こんな格好でみつかっちゃってもいいの?」 「…ぁっ」 笑いながらカカシは左手をはずし、サスケの右の乳首をひねり上げる。きゅうっと痛みと一緒に走った切なさに、息を詰めると腕ごと抱きすくめられまた唇を重ねられた。シャツの下からしのびこんだかさついた硬い手のひらが、しっとりと汗ばむ肌の感触をたのしむ。腰からわき腹、背中へと手のひらをすべらせた。抗っていた腕でつっぱりわずかに隙間がうまれた隙に、カカシのいたずらな指がじかに赤く尖った乳首に触れた。 「……っ」 ぷくりとたちあがった周りを親指の腹で押しつぶし浮き上がった肋骨を他の指でたどる。引っぱったりくすぐったり、両方のそれぞれを愛撫されて膝が震えた。 「ん、ん……ぅッ」 熱をもって立ち上がった下半身を股を割ったカカシの肢がしたからゆっくりと圧迫する。ぐ、と押し付けられるのに、ぬる、と下着が濡れてはりつくのがわかって羞恥心で死にそうだ。必死でカカシの腿を手で押さえても膝頭をおしつけられてしまって、ダメだった。甘い声があがる。 「……ぁっ」 「すごいね。ここだけでいけそうじゃない?」 吐息のようなカカシの声に知られていると悟る。同時にごり、と押し当てられた布地越しにもわかる熱のかたまりにぞくぞくと背中に甘い電流が走った。太陽が瞼の裏でちかちかする。潮のにおいがする朝風の中でなんてことを。その間もしのびこんだカカシの指はしつこいぐらいこねくり回している。 「ん、んんんッ」 ぶるぶると震える細い足にカカシの太ももがぎゅっと挟まれた。幾度かつづいた痙攣に形のよい眉を寄せるさまはひどくなまめかしい。ずるっと力をうしなってしゃがみそうになるのを支える。 息を荒げ頑なにとじられた白い瞼にキスをすると腕の中の細い肩が跳ねた。すこし涙をまといつかせた直い睫毛がもちあがり、赤く染めた切れ長の目尻と黒真珠のようにとろけて光る瞳がのぞく。濡れてさそう赤い唇にキスをすると、抵抗する気力もいまはないのかやわらかに重なった。 おもわぬ敏感な反応にひきずられてしまったが、まさかここで最後までするわけにも行かない。そろそろほかの客も起床しだすころだ。 横目にモップとバケツをかかえた清掃員の姿をみとめ、名残惜しげにゆっくりとカカシは離れた。 みあげる姿は無防備さに比例して目の毒だ。みだれたシャツを直してやってから立ち上がる。 「この続きは俺の部屋でね」 「……え?」
カシミールブルーを思わせるサファイア色のシルクサテンにひとつひとつ手で縫いとめられたにちがいないスパンコール、緑や赤といった孔雀を思わせる華やかな色あいが肩口からアシンメトリーにながれてイブニングドレスの裾を彩る。コルセットにたよらず、深くひきしぼられたウエストのラインあたりにあるファスナーをイタチはゆっくりとひきあげる。しろい女の指にとどめられていたつややかな黒髪がなだれおちて揺れた。イランイランのくせのある香りにイタチは柳眉をよせる。 「玲玉リンユイ、はやく支度をしろ」 「燕大人イェンターレン、すこしお待ちになって」 真珠貝を模したオルゴールになった宝石箱をイタチにとってこさせた玲玉とよばれた女は思いのほか濃くついた口紅をコットンで軽くぬぐって確かめる。 「払尭フーシャオ、それをとってちょうだい、ああ、ちがうわ、黒真珠のよ」 手早く化粧をなおしながら、つけてちょうだいと玲玉は髪をさらりとまとめ、再びしろい首筋をさらした。小さく響いた足音にイタチは恭しく頭を下げる。おおきな鏡ごしに玲玉と男は目を合わせた。 「それじゃなくてルビーにしろ」 「でも…」 せっかくあつらえたドレスとあわない、とこぼす女にイェンと呼ばれた男は横柄にルビーにしろ、とつづけた。 「四大叔に挨拶するんだ。あのジジイはことのほかルビーが好きだからな」 無造作に宝石箱からスタールビーのチョーカーをとりあげた男にイタチは玲玉の背後をゆずる。いやよ、とこぼす玲玉のほそい首から耳あたりまでなであげた男が鏡ごしに目配せをするのにイタチは頭をさげ、ゆっくりと鏡の間を辞去した。 毛足のながい絨毯をふみながら歩いていると、すこし足早になっている弟が眼にとまる。 「サスケ」 「兄さん」 「どうした」 「ちょっと…」 いいながらシャツの喉元を押さえたサスケにイタチはもう一度どうした、と尋ねた。 「指輪をなくしたのか?」 「みたいなんだ、ちょっと探してくる」 あてはあるのか、と聞くよりさきに弟は走り出してしまった。もう遅い、といおうとしたが心配あるまいともおもう。イタチにきたえられたサスケにかなう人間はそうそういない。 ドアの外に立った気配に入って。といえば躊躇うかのようにドアが開いた。 すでに消灯された廊下にたたずんだサスケはここでいい、と言った。 「入っててくれる、仕事があるから」 「そんなに時間はとらせない」 「ふうん、で、こんな非常識な時間になんの御用かな、うちはサスケくんは」 きりっと切れ長の目尻に怒りの色が刷かれ、永夜の闇をとかしこんだような漆黒の瞳が睨みつけてくるのにカカシは知らず口元をもちあげる。 「返せよ」 「ん?」 「ざけんな、返せ、あんたしかいねえだろ」 「コレ?欲しいなら自分でとりにおいで」 差し出した右手からしゃらりと軽やかな音をたてたプラチナのリングが下がる。一歩、踏み込んだ足が幾何学模様をえがく絨毯に沈みこむ。背後でオートロックの無機質な音が響くのをサスケは聴いていた。 間接照明のやわらかな明りが部屋を包んでいた。衝立で隔てられた二間続きになっている奥でデスクライトがともっていて、ラップトップのスクリーンセイバーが明滅している。 「適当にくつろいでていいよ、お茶いれたげる」 「オレはあんたと話しに来たんじゃない」 「俺の淹れる紅茶はうまいよ」 「返せよ」 「両親の形見だから?」 かっとなり振り上げられた拳を左でうけとめ、捻りあげ部屋の半ばにあるチェアに突き飛ばした。 「……いいからそこに座って、これは命令だよ」 跳ね起きようとするのを制する。カカシはあえて横柄に顎で促し、暗に立場は対等ではないのだと知らしめる。唇をかるくかみ締めて色を失うさまを、紛れもない怒りにかられて睨みつける軌跡のような双顔を見つめながら、ワゴンの上で紅茶をいれる準備をはじめた。 「夜だからミルクかブランデーにしようか。ジンジャーもあるけどどっちがいい」 「……ミルク」 「ん」 砂時計をひっくりかえし、ポットウォーマーをかぶせるとカカシはいつもどおり片足に体重をかたむけるだらしない格好で、チェアにおさまるこどもを背後から見下ろした。今日は特にパーティーのようなものもなかったから、朝とおなじくシンプルな白シャツと仕立てのよい、まだすこし大きな濃紺のスラックスだ。 「ウチハ一族の噂だけは聞き知ってたけど、まさか、こんなとこで会うことになるとはね」 「あんただって木の葉の諜報員だろうが、こんな船にもぐりこんで何を探ろうとしてる」 「ミルクは先?後?」 「後」 湯煎しておいたカップに水色もあざやかな紅茶を注ぎいれ、室温で保存されていたミルクを手渡した。 「それはお互い秘守するのが約束ってもんでしょ」 「ならなお更わかってんだろ、依頼主に対する秘密をオレは漏らさない」 「たとえコレを海に捨てても?」 あんたバカか、と立ち上る湯気越しに眇められた眼にカカシはくつくつと笑った。 「だって俺が欲しいのはそんなんじゃないもの」 ワゴンに半ばまで残ったカップを置いたカカシはチェアの真後ろにたちゆっくりと上体を傾ける。ゆっくりと翳った視界に白い肩が緊張にはねあがるのを横目にしながら、まだ細い顎をすくい上げた。 半ば伏せられた睫が小さく震えている。わかっているのだ、この子供は。 肘かけに置かれた白い手をそれぞれ両手で押さえながらゆっくりと顔を覗き込む。 「キスして」 諦めたように白い瞼が落とされ、サスケはのけぞった首をさらに伸ばした。なぜか唇の温度は冷たい。かたくなに引き結ばれたままの唇を開けるよう、小さく舌でなぞるとうすく開かれる。ミルクの甘いにおいにカカシはうっとりと溺れた。 「奥に行こうか」 |
「恋人は危険な暗殺者!?2」/カカシサスケ |
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