恋人は危険な暗殺者!? さしこむ朝の光にカカシはゆっくりと瞼をもちあげた。ベッドの隣を探ることはしない。卑怯な手段で手に入れた一夜限りの恋人だ。 強ばった体の震えや怯えさえもいとおしかった、罪悪感もありながら胸を満たすのは甘美な歓びであることにとことん自分はエゴイストだと噛みしめ、すこし笑う。あのアネモネのような唇、夜の女神が気まぐれにおとした涙のような瞳も、冷えながら徐々に温かみを帯びていった雪花石膏の肌もすべてが忘れがたい。 シーツはすでに冷えていた。 サイドボードを探ったところで指先にあたった金属にカカシは体を起こす。 「サスケ……なんで」 明りを絞ったランプの下でイタチはペン先をはしらせていた。かたりと響いたかすかな音にイタチは書類から目を上げて、ゆるりと視線を流す。ドアから滑り込んできた弟をみとめて切れ長の目を細めた。 「サスケ?」 昨日一日は、チェンが仕事の予定がはいっているためにサスケの身柄は自由だったはずだ。どうした、と尋ねてもなんでもないと首を振るばかりだ。 「兄さん、あいつ」 「あいつ?」 「あいつ、なに調べてるの」 ぎ、と椅子を鳴らし組んでいた足を優雅にほどいたイタチは、座ったまま両手を広げる。ぱっと花が綻ぶように笑みをのせ、イタチのもとにサスケは駆け寄る。 はずだった。 きゅうっと他の人間にはみとめられないぐらいわずかだが、泣き出す寸前のように顔をゆがめたサスケは首を振る。胸中にひろがる暗雲にイタチは愁眉をよせた。サスケはもともとあまり聞き分けのわるい子供ではないが、イタチにだけは甘えもするしとるにたらないわがままをいうこともある。だが肝心の一番辛いことや悲しいことがあったとき手を伸ばそうとはしないのだ。 「サスケ」 ややきつくなった口調でいえばのろりと歩み寄った弟の両手をとり、イタチはサスケの顔をしたから覗きこむ。まだ柔らかな面輪をそっと片手で包みこむと、弟はふと白い瞼を伏せた。 「カカシさんがどうした?」 「オレ、どうすればいい?」 その掠れた問いかけにイタチは明晰な頭脳を働かせる。どうせカカシがなにかをさぐろうと近づいてきているのだろう。 「いやか?」 「……」 うすく形のいい唇がひらき、閉じる。だがイタチはサスケが肝心のことで甘えださないときは、サスケがイタチの手を借りることではない、と頑なに決めていることも知っているのだ。イタチが手を出してやることはたやすい。だがそれが弟のためになるかといえば違う。 「いまはもう少し、待つときだ。おまえならできるだろう?」 だからこそ、まさかできないのか、とわざとバカにしたような口調で言うと、ブラックオパールのような瞳に神々しいまでの気高さをやどした光がよみがえる。イタチは端正な面に豊麗なバラさえ顔を赤らめずにはおれないあでやかな笑みをうかべた。 「兄さんに言われなくても、やるさ」 「そうか。全部終わったらカサブランカに行こう、あそこがお前は好きだったろう」 頬におりるやさしい口付けと声にサスケはやはり心配させてしまったのだろうかと思う。兄の唇に違う面影がちらつき、サスケはそっと目を伏せた。 (――オレは、どうすればいい?) 船室の窓の外に広がる海原も夜も果てがなかった。いやか、と問われてふと笑い出しそうになったことを思い出す。いや?いやに決まっている。あの男はこの上なく、危険なのだ。 『おまえに、やさしくしたいよ』 甘やかな睦言がウソだとわかっていても泣きたくなるほど優しかったのだ。 どこか朦朧とした視界の端でカカシがシャツを滑り落とすのが映った。 服の上からではわからない、しまった筋肉がおおう完成された男の背中、あらわになった銃痕や金創にサスケはぞくりと体の芯が震えるのを感じた。しいていうならば甘やかな恐れとでもいうべきもの。 (バカじゃねえのか) どうあろうとコレはレイプだ。行為にいたるまでどこにもサスケの自発的な行動はない。 ぴたりと重ねられた裸の胸からつたわってくる体温に息をはくと、額にキスを落としていたカカシがサスケの顔を覗き込んでくる。 「やっぱシャワー浴びてくる?」 「いらねえ、やるならとっととしろ」 そう、と渇いた声で呟いたカカシはサスケから眼をそらし、うすいせいで皮肉にも見える唇をすこしもちあげた。 ぴりっと首筋に走った痛みに眉をしかめる。 「ここ、痕がある」 「チェンだろ」 「そうだろうね」 「……ッ」 くにくにとシャツの上から親指で乳首をつぶされ、おもわず背をのけぞらせる。ねだるように胸を突き出す格好にカカシが笑う気配がする。とっさに横を向こうとしたが、きりっと爪をたてられサスケは小さく息をつめた。 「ここ、好きだよね」 「る、せえよ……っ」 「朝いじったからかな」 ボタンをはずしてのぞいた白い肌、ぷつんと立ち上がったのを見下ろされすげえいい色、と掠れた声で言われて逃げをうとうとする。なめていい、と聞かれたかと思うと返事も待たずに口で愛撫され、喉の奥で声を殺した。シーツに鼻面を押し当てて耐えるが、ぬめりと舐められて濡れたところを指でなぞられ、高い声が漏れる。 「ぅ……っ」 (わかってないなあ) 言いなりになりながら、心は許さないと態度ばかりはふてぶてしく頑ななくせに、いまだ快感に物馴れない様も恥らうのもカカシの乱暴な場所をざわつかせるだけだ。 「ここでもう一度だけいっちゃう?」 「ざ、けんなっ」 ぱしん、と捉えられたのは細い手首。 「物騒なもの持ってるね」 「くそったれ、はなせ……ッ」 刃渡り十センチ、幅はおよそニセンチほどカミソリのような細いナイフがシーツの上に落ちる。 「は、なせ…っ」 スラックスの上から太ももを撫でると、足をばたつかせるのを黙殺してあっさりと引き抜く。 「んー、けっこう、いい格好?」 膝でサスケの腿を押さえ、両手を片手で一まとめにする。 ランプシェードでぼかされた明りに浮かび上がる白い足の付け根に、かっちりとした革のベルトが巻きついていた。暗器、といったほうがいいのだろう、おなじく細い刃渡りのナイフがいくつか鞘におさまっている。 「ベッドの中でなら俺も目がくらむだろうって?」 あんまり舐めないでよ、と軽薄な笑みをうかべたカカシはナイフをとりあげると、シャツにゆっくりとさしこみ、ボタンの糸をプツン、と切って行く。 「こっちも、きっちゃおうか」 すっと肌に走る冷たさにサスケが身を震わせたのにカカシはしばらく手をとめ、羽枕にナイフをゆっくりと刺した。 脳みそが衝動で沸騰しそうだ。 「――――ァ!」 やだっつったのに、と洩らした声がはじめてきく年相応の声でカカシは呆然とする。 「あのさ、まさか、これってはじめて?」 「…な、にがだよ…っ」 「入れられるの」 あるわけ、ねえだろ、と怒られた。 「だって、チェンは?」 「知るか……っ、ウスラトンカチ」 「うそ」 ひ、短く息をするサスケの顔色はすこし白くなっていてどう贔屓目にみても嘘をいってるようには思えない。 「ぬけ、よ…あ!」 「ごめん、それは、ちょっとムリかも」 「んで、でかくなってんだよ…!」 「いや、ちょっと…」 ごめん、うれしくてなんてちょっと言えない、とカカシは情けなく眉尻を下げながら笑った。 「痛いわけじゃないでしょ?」 「けど、きも…ちわりぃ」 「あー、そんな喋んないでよ」 声をだすためにすこし中が動く、その感触も熱くてきつくて、脳みそが沸騰しそうになる。思わずうごいてしまうと、うごくな、と詰られるが、たがが外れると止まりそうになく、カカシはゆるく動き出した。 小さく揺するように動かしてもきついのか、いやだ、と漏れる響きはまぎれもなく本物だ。だがだんだんに甘くほどけ、いやだ、が別の意味にすりかわっていった。 「ぁ、あ…」 押し入るときに息をはいて力を抜き、引き抜かれるときに息を吸う、だんだんとタイミングを掴みだしていった体はあっというまに蕩けていく。 「ん、ん、ンッ」 「……サスケ」 「い、やだ……ァッ」 カカシの肩に突っ張った腕を震わせてサスケはのみこまれようとするのを耐える。だが力の篭らない抵抗をたやすく無視したカカシはなめらかな左膝を肘にひっかけると斜めから一定のリズムで揺すった。 「ぅー…、んッ、く」 圧迫感は多少うすれても、うだるような熱も浮遊感も変わらずサスケをさらっていこうとする。皺よったシーツにしばらく顔を押し当てて堪えていても、動かされるたびに爪先が跳ねるのがわかった。 瞬きをしたサスケの眼にカカシは息を呑む。 炎にすかしたルビーのような輝きが点って、ゆらゆらと揺れている。ひき込まれるように口づけてカカシは囁いた。 「ね、サスケの、たってる」 「ひ・・・」 「気持ちいい?」 ぬるっと先端をつつまれてサスケが眼を見ひらき腰をひく。そのせいでつながりが深まって、身を強ばらせる細い体をところをこじ開けるように押し入った。 「は、ぁッ」 つながったまま体をひっくり返される。犬のような格好に羞恥を感じる暇もない。前をいじられながら後ろをこね回されて、シーツを掴む指先が白くなるほど力をこめる。 こんなやり方は最低だ。どうせなら自分のことなど無視して自分勝手に吐き出せばいいのに、自分のとこまでやってこいとカカシはサスケを引きずっていく。 「や、ぃ、やだ……ッ」 背中に感じる唇は最初のキスが嘘みたいな熱さで、サスケの体に火をともしていく。下腹部からどろどろにとけそうな熱に駄目だ、と思いながら焦れて飢える体が、腰を揺らしだすのがわかる。いつのまにか見つけた気持ちのいい場所に当てようと動き出す。根元におりてはぬるい手つきで弄う指が裏筋をたどって先端をいじったりするたび、後ろがひくつくのもわかる。そのたび聞こえるカカシのすこし乱れた息、汗ですきまもないほどに張りついた肌もなにもかもがたまらない。 内腿をひくつかせ、ぶるぶると体をふるわせるサスケに限界が近いことをさとったのか、カカシは細い腰を両手で支えた。 「く、う……ッ」 「もうちょっと、ね」 「も、……はや、く…」 「ん、俺も限界」 首筋にあまく噛みつくとカカシはサスケをいっきに引きずりあげる。 「ふ、あッ」 ぴちちっと小さく音をたててサスケはシーツに白濁をこぼす。汗ばんだ背中が震えているのを感じながらカカシも息を詰め、ほどいた。 「――ごめんね」 ずるいことをした、とうつぶせになって息を整えているサスケの手をカカシがとりあげる。びくりと体をふるわせるサスケをカカシは見下ろした。 「もう俺に触られるのは、いや?」 「……」 指の背にカカシが口付ける。ランプの淡い明りをうつした髪がすべり、カカシの顔は見えない。 きゅ、と吸いあげられ、舌が指の股を舐めた。 「おまえに、優しくしたいよ」 その間も指への愛撫はつづいている。薄い唇が唾液にぬれ、赤く染まっているのが淫猥だ。あの唇と口付けた自分もそんな卑猥な顔をしているのかとおもうとたまらない。ぞく、と震えが走る。 卑怯だ、とサスケは知らず唇をかみ締めた。 (なんであんたが) 「サスケ」 キスをしようとする唇をすこし顔をそむけてさける。ややして頬にやわらかい感触が落ちた。 (なんであんたが傷ついたような顔、すんだ) あんたに傷つけられたものなんて、ひとつもありはしないんだと笑えたらよかった。 ばん、とひらいたドアに眼をまるくしたのは真鍮製のノッカーに手を伸ばしかけていたゲンマだった。 「どうしたんです、カカシさん」 「いや、ちょっと」 「情報、頼まれてたやつもって来ましたよ」 「どうだった?」 「どう、って言われましてもね。影の一族だけあって憶測の域をでない話が多すぎます。メシがてら渡そうと思いましてね」 「わかった、けど部屋に置いておいてくれ、ちょっと俺は用事が」 そんなに急いでどうしたんです、とゲンマが尋ねようとしたところで、不意にカカシの顔つきが引き締まった。目をまたたいたゲンマは肩越しにゆっくりと視線を流す。 「おはようございます、カカシさん」 「……ああ」 「あなたを探してたんです、デッキで朝食でもいかがですか」 まぶしいまでに海原を輝かせる朝の光のなかにあって、一人夜をまとったかのような黒髪と黒い瞳。同じ色彩とにかよった容貌でありながらサスケとなんと違うことか。サスケが闇に散る熱く青い火花を思わせるならば、この兄は硬質でメタリック、人を切るためだけに鍛えあげられた刀剣と同じ美しさだ。 カカシはゆっくりとプラチナのリングを手の中に握りしめる。 いぶかしむゲンマに慇懃なほど完璧に挨拶をしたイタチはカカシを借りてもいいだろうかと切り出した。カカシの目配せにゲンマはやれやれとため息をつくと肩をすくめ、とっとといけというようにひらひらと手を振った。 特等室の乗客だけが許されたデッキの一隅、白いチェアとテーブルにはブルーとホワイトを基調としたテーブルセットが二つ整えられていた。 「この船のスコーンは美味いですよ、サワークリームをたっぷりのせるのがいい」 「へえ」 「朝はあまり摂られない方ですか」 「仕事のとき意外はね」 いつ食えるかわからないから、といいながらナッツのたっぷりはいったスコーンをちぎり、白いんげんのスープを口に運ぶとイタチは確かに、と頷いた。 「今日はあの男はいないんだな」 「キサメのことですか。ええ、下がらせています」 「なんで気がつかなかったんだろうな、ウチハといえばユーラシアの黒社会じゃ相当な顔だ」 いきなり切り込んだカカシにイタチは切れ長の目を細めると、かたちのよい唇にほのかに笑みを刷いた。 「江戸時代にアジア各国にできた日本町から、タイの王族に雇われたのが最初というが、公的データに写真、名前すら残していない。裏社会の連中に口伝のみで語られる暗殺者一族が、まさかこんな若い奴だったとは」 「あのカカシさんに言われるとは光栄ですね」 「ウチハは暗殺以外を請け負わないと聞く、狙いはチェンの暗殺か?」 イタチは銀製のフォークとナイフをおくと、右手を上げた。フィンガーボウルで白い陶器のような指先を洗い、途中であるはずの朝食を下げさせてしまう。入れ替わりに運ばれてきたヨーグルトとフルーツの盛り合わせ、コーヒーが整うのをまってから、ゆったりと足を組み口をひらいた。 その指輪を代償に、取引をしませんか、と。 「正直あなたは目障りでならない」 |
「恋人は危険な暗殺者!?3」/カカシサスケ |
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