恋人は危険な暗殺者!?









「はっきり言うね」
「事実ですから」
「それで?」
「あなたの行動は黙認しましょう。だがわれわれの仕事に干渉することだけは止めて頂きたい」
「それはお前らの依頼がなにかにもよるさ」
「俺はまだいいんですよ」

とたん詰まったカカシにイタチはすっと視線をよこした。

「あれは、俺とは違います」
「甘いことを言う」
「カカシさん、これは俺なりの譲歩だということをわかっていただきたい。……アーモンドに付着してる菌類のことを?」
「?」
「コウジカビと似通ったものですが熱帯や亜熱帯で産出される香辛料・穀類などにはしかるべき時に放射線を当てないといけないものがある。なぜか?彼らはコウジに代表されるように発酵や、ペニシリンをつくりだします。だがあくまでそれは人間が都合のいいところをひろいあげたに過ぎない。放射線をあててもソレはなかなか分解されず、ラットに0.3μgを70日間投与すれば100%の確率で発ガンに至る」

イタチはバターナイフでサワークリームとブルーベリージャムをすくい、ちぎったナッツ入りのスコーンにのせた。

「……」
「ガンは先進国においてはめずらしくもない病気です。そのコーヒーもいい香りでしょう?」

コーヒーに口をつけようとしていたカカシは深みのあるソーサーにカップを戻す。

「俺たちにとってはとても簡単なんですよ、知識さえあれば。生薬として杏仁、桃仁などありますけどね」
「体内で胃酸と反応して青酸中毒を引き起こす」
「よくご存知だ」
「一応たたきこまれてはいるんでね」

イタチはシュガーポットをとるとたっぷりとシュガーをコーヒカップにいれ、かき混ぜるとゆっくり口に運び、のみくだした。

「!」
「砂糖でほとんど中和されてますよ」
「……なんて野郎だ」

おもわず立ち上がったカカシは絶句し、椅子にどさりと座り込む。うめいたカカシにイタチはちらりと笑う。年相応のしてやったりと言う顔だった。

「取引をしませんか」

取引じゃなくて脅迫だろうが、とカカシは頭を抱えた。
すこしお尋ねしたいこともあるんです、とイタチはカカシを見つめた。

「あなたのその左眼は」
「?」

払尭フーシャオ、とかかった声にイタチは口を閉ざす。眼差しを流すのをカカシはおった。

「払尭、四大叔スータージェがお呼びだぞ」
「少爺シャオイエ。おはようございます」

少爺わかさまといって立ち上がり頭をさげたイタチに、一見してオーダーメイドとわかるイタリア製のスーツをまとった男は癇症ぽくほそい眉を顰める。ただしいかんせんモンゴロイドな体型に似合っているかは疑問であったが。男の苛立ちを察したイタチは拳をつくった左手を右手でつつみかるく胸の前でもちあげると恭しく眼差しを伏せた。

「失礼を。ミスタ・イェン」
「かまわん、こちらは」
「旺角モンコックにいたころの友人です、久しぶりにあったので話しこんでしまいました」
「はじめまして、ミスタ・イェン、お噂はかねがね。カカシです」

チャールズ・イェン。
チェン財閥の現理事たるチェン氏の姉の孫にあたり、おもにテナントやビルディングのトータルコーディネートを扱う香港に拠を置く系列子会社の役員である。が、あくまでも表向きの話であってカカシのいう「お噂」はけして華々しく語られるものではなく、あくまでも闇から闇、ひそやかに交わされる類のものだ。

英国の支配下にながらく置かれ爛熟した香港。たえて眠ることをわすれた不夜城市の闇はまばゆいネオンの影によどみなお暗い。かの町に暮らすものは誰ひとりとして黒社会にかかわらずにはおられない。シンガポールに本拠を移したといえ、チェン財閥の成功の影にもまた黒幣ヘイバンがちらついていた。

イェンもまたその一人、そしてカカシのターゲットでもあった。 イェンは値踏みをするようにカカシを眺め、ああ、あんたか、と酷薄そうなうすい唇に笑みをのせる。いぶかしんだカカシにワンシアといたろうが、と笑い頭から爪先までねぶみするように見つめる。笑みをはりつけたままカカシが不愉快になったころ、ようやく鷹揚な仕草で重そうな時計のついた手をさしだした。

「ポーカーはできるか?」
「は?ああ、まあかじった程度には」


面食らったカカシにチェンは断られると考えもしない眼差しでうなずいた。

「じゃあ今夜しよう。おい払尭、晩霞はどうした」
「晩霞はどうも夜更かしがすぎたようで。いまは休ませています」

不機嫌そうに眉をしかめたイェンは後で呼べ、とだけ素っ気無くいい、遠ざかっていった。

「……お兄ちゃん業も大変だね、因業ジジイにその親戚に」

カカシの感想にイタチは慣れてるといわんばかりに肩をすくめた。

「あいつは無防備なんですよ」
「うーん、おまえに隙がなさすぎるのとかが問題なんだと思うんだけどね」

金庫に入ったリンゴと籠に入ったリンゴ、どっちが取りやすいかなんて見れば一目瞭然だ。無防備なのだっておまえが過保護なのもあると思うんだけど、と考えながら同じ穴の狢であるカカシは賢明にも口をつぐんでいた。それはそうと、とイタチが流眄ながしめをよこした。

「ずいぶんと悩ましい格好をしてますね」
「……ほめられてる気がしないのはなんでだろね」

頬杖をついて苦笑いをするカカシにイタチは渋そうな顔をする。

「自分で言ったくせにつまんないこといったって顔しないでよ」
「……いえ。いやな科白だと思っただけです」

迫られて面倒でもあったのだろうかと推測したカカシはすこし笑う。よかれ悪しかれ、この兄弟は見栄えがいい、きっと食傷気味なのだろう。思いがけずのぞいたイタチの年相応の顔にカカシはようやく朝に似合いの晴れやかな気持ちになったのだった。









なにを考えている、と大粒のルビーを乗せた指輪のついた手に顎をつかまれ、サスケはカフスをはめていた指をとめ、チェンの顔を見上げた。
「申し訳ありません」
「だれが謝れといった」
「いえ、すこし具合が…」
「あの男はなんだ?」

実際、体はすこし熱があるのか頭もぼんやりしていたためチェンの質問が音として捉えても意味を認識するまで時間がかかった。無表情のままのサスケをどう思ったのかは知れない。

「目を見せろ」

近寄る老いに皺を刻まれながら、炯炯としたチェンの目がサスケの両目を覗き込んで来る。 チェンがイタチとサスケの兄弟に執着するのは、その眼のせいだった。なにもなければただ黒いだけだが、暗がりの中、あるいは極端に光をあてるとピジョンブラッドをおもわせる深紅に色を違えるのだった。

襟元をつかまれてすこし苦しい。身じろいだとたん体の奥にまだなにか入っているような感覚が妙に重く、ため息をこぼした。思いがけず物憂げに響いたそれにチェンは眉を顰める。

「指輪はどうした?」
「色が……」

プラチナだったろう、と言われてサスケは眼を伏せる。

「おまえがどこのだれとどうしようと構わんが、下手なことは言うなよ」

はやく釦をとめろ、見苦しい、と言って洗面所に消えた背中に、てめえではずしたくせに、と小さく心中で毒づきながらもサスケは身なりを整えた。

じわ、と埋み火のように体の芯をあぶる熱が消えてくれないのに釦をとめていた指を止める。どこにも痕ひとつのこしはしなかったくせに、あの男は皮膚よりもずっと奥にてひどく刻み付けられていた。 いまも耳元で囁く声が聞こえる気がするのに、サスケは寒さに震える子供のように自分の体を抱きしめた。

ディナー後に部屋のなかにひきずりこまれ、一通り体を触られた後だがどうもチェンはこの後予定があるらしい。ついてこい、と顎をしゃくられるまま、部屋の外にいたイタチと連れて行かれたのはカジノにそえつけられたカードルームだった。

ひらめくようにディーラーの手の中で躍ったカードがテーブルをすべり各席に配られていく。レイズ、フォルドと声がかかるたびに崩されまた積み上げられるチップの山、乱舞するカード。

ポットにつみあがっていくチップに手札を見下ろしひきさがるもの、表情をかえず動向をみまもるもの、手堅く捨て札をつくりテーブルをまわっていくものと人によって様々だ。

やられた、と小さな声と波のようにひろがって背中をたたいた感嘆の声にサスケは隣のテーブルを覗き込む。 役としてはたいしたこともないクイーンのワンペアで賭け金ポットを獲得したプレイヤーがいるのだ。 しずかな興奮の中心にはひとりの男がいる。

ポーカーは高度なマネジメントを必要とするゲームだ。カードが配られるごとに手札と場にだされたカードから己のチップを餌に相手の出方を見極めて、勝利を自分の手の中に引き寄せる。プレイスタイルは人によって様々だが、水面下で交わされる駆け引きは熾烈だ。低い手でもはったりをきかせれば、勝利の美酒に酔うのも夢ではないのだ。

「四大叔」

椅子に掛けたままチェンに目礼するのはチャールズ・イェンだった。イェンめ、と低く呟かれたチェンの声にサスケは顔をあげる。チェンにむけられる眼差しは親戚の子供の遊びを見守るというより忌々しげといったほうが正しい。

「レイズ」
「コール」
「…フォールド」

各人の賭けベッティングがテーブルをひとまわりして、ディーラーから最後の札が配られる瞬間、手札をひらく瞬間の緊迫、交わされる眼差しのつよさ。ただよう紫煙とあまい酒の香りにサスケは目を細める。

「うわ、これでもう俺、チップほとんどないですよ〜」

呟いた声にサスケはちいさく目を見開いた。 聞き間違うはずもない、数時間前、信じられないほど甘い声で睦言をおとしたテノール。耳よりもっとひどい場所にやきついた声。










「サスケ」

ぐったりとしなやかな体を力なくシーツに委ねているサスケを、ベルトをゆるめたズボンに足を通したカカシは抱え起こした。もう限界なのだろう、いまだ涙のあとを眦にのこした眼が眠たげにとけているのに、カカシは笑みを浮かべる。

「汗ながさないと風邪引いちゃうから」
「……いい、自分で」

のろりとカカシの胸を押しかえしたサスケはセミクィーンのベッドから足を下ろし立ち上がろうとする。だが体重を支えきれず、ぬか崩れに倒れそうになった細い腰を力ある腕が支えた。ふ、と耳元にカカシの笑う声がかかるのに、おさまりかけていた心拍数がまた跳ね上がる。

「だから言ったのに」
「〜〜〜いい、自分でッ」
「言ったでしょ、優しくしたいんだよ。この船にいる間だけ、いや、今夜だけでもいいから」

優しくさせてね、と言葉をつむいだカカシはサスケの白い首筋に小さくキスを落として抱き上げると、バスルームへと向かった。

カランを捻ってバスタブに澄んだお湯が満たされる間、サスケはカカシの腕の中で膝をついた格好にされる。いまだ何かを含んだように疼いている後ろをそっと割りひらかれたのに体を竦めると、安心させるように耳元にキスをされた。

「もうしないよ」

アメニティに入っていたオイルを手のひらで体温になじませ、指にたっぷりと絡めるとカカシはゆっくりと指しこむ。いまだに熱くとろけているのに頭の後ろで乱暴な衝動が動きそうになったが極力おさえた。サスケの額がカカシの肩に押しつけられ、黒髪がさらりと揺れる。

「痛くはない?」
「んッ」

頷く代わりにもれた吐息にサスケの貝殻のような耳に朱が散った。

「自分で…」
「だめ」

全部オレにさせて、と言ってカカシはほんのすこし感じた罪悪感を笑みに紛らわせ、指をうごかして掻きだす。ぬるりと足をつたう感覚にサスケがこぼす小さな声に耳を傾けた。まるですがるようにカカシの首にサスケの腕が回ったのにどうしようもない、甘い感情が胸を満たす。もうすでに掻きだすものはなかった。

「あ…」

だがなにも知らないサスケはカカシの指がうごめくたびに違うとわかっていても、きゅうっと下腹に力がこもってしまう。暴かれたばかりの快楽の埋み火がふたたびサスケの体の芯をとかそうとしていた。

「やめ、やめろッて」

体をはなそうと腕をつっぱり、赤くなっているに違いない顔を俯ける。だが後ろに体を引いた拍子に、さらに指が深まり、カカシの裸の腹との間につうっとのびた銀糸をみて、羞恥は限界に達した。

「抜け、やだ、抜いてくれ……」
「全部オレにまかせてくれていいんだよ」
「……いやだ」

もうしたくない、といいながら蜜はあとからあとから溢れる。首筋をすべったカカシの唇が鎖骨、胸へと降りていく。

「もうしないから、安心して」

カカシはサスケをだきあげると、お湯のたまりかけたバスタブに二人で入った。カカシのせいですっかり敏感になってしまった乳首にカカシの髪がかすめてさらに体温が跳ね上がる。だが抱きしめる腕もカカシの声もキスも、ベッドの中とはちがってひどく優しく穏やかだった。ぷつりと可憐にいじましく立ち上がった赤い乳首にカカシがキスをするのに、サスケはカカシの頭をかかえこむ。ゆっくりと熱をもった前を手のひらが包む感覚に目を閉じた。

それからの穏やかな愛撫に、サスケはいつカカシが口に含んだのかにも気づかなかった。むせ返るような湯気、ほのかに漂うホワイトムスクの香りにサスケはほうっと息をほどき、足の間にうずまった銀色の髪に指を絡める。

「……ふッ」

冷たい陶製のバスタブに頭を、足首をのせ掠れた甘声をこぼしてちいさく腰をゆらめかす。瞬きのたびに赤と黒にいれかわる瞳にカカシは魅入られる。

「チェンはあんなことしなかった?」
「……しねえ、ッ」
「何で?もったいない」
「あ、いつ、たたねえから、さわる、だけで……ぁッ」

やわやわとしこった後ろを揉みこまれるもどかしい感覚に内腿を震わせる。急かすように髪の毛をひっぱると、一つだけカカシはサスケの白い腿の付け根を吸いあげて痕を残した。

「もう限界?」
「く、ぅん……ッ」

小さく頷いたのを認めて、カカシはきつく吸いあげ最後をうながした。ばしゃんとお湯が跳ねる。小さく息を詰めるとサスケの指がカカシの髪からほどけた。

どこかとおくでカカシが好きだよ、と言う。下手な嘘を言うと詰ろうとしたが、重い眠気に邪魔をされてウスラトンカチも言えたようにおもえなかった。

それから体のすみずみ、髪の毛から爪先までまるでスルタンのように恭しく磨き上げられ、ベッドまで運ばれた。目が醒めたときにカカシの顔が間近に合ったのにおどろき、慌てて服をつかむとサスケは逃げるように部屋をあとにしたのだった。









バナナハンドばっかりだ、と口惜しげでもなく呟く男に、チェンはカモがいるな、と呟き葉巻の端をフロアパーソンに切らせて火をともす。甘いハバナ煙草のにおいにサスケはチェンが腰を落ち着け見物する気になったことを確信する。

チャールズ・イェンの隣で場にさらされたドアカードを見た目がふとあがる。目があった瞬間、テーブルに伏せられていた手元の違和感にサスケが目を細めると、カカシは髪の毛に隠されてない右目だけで笑って見せた。

続くラウンドを、カカシはクラブKのスリーカードで勝負ショーダウンまで持ちこみ、ポットを手にした。ついてるなナイスキャッチと揶揄するような声にも動じずまたラウンドがはじまる。

レイズ、コール、レイズ、と賭け金の上乗せが続き、次のカードで勝負を降りるものが数名。イェンとカカシだけが残る。

行くぞ、と立ち上がったチェンに随行すべく席をたったサスケの後ろ、ふたたび感嘆とも落胆ともつかないため息がカードルームに満ちる。振り返ったときに見えたのはポットを手に入れながら釈然としない顔つきのイェンと、困ったようにカードを放り出して笑うカカシだった。
















「恋人は危険な暗殺者!?4」/カカシサスケ











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