月面着陸

 








「……そんなもん?」
「当たり前だろ」

まるで異次元生物を見るみたいな三白眼に、ナルトはぎしりと回転椅子を回した。

「なに毛も生えてねーアカデミー生みたいなこと言ってやがる」
「え、……でも」
「そんなん男だったら当たり前だろ」
「……」

なに黙ってんだよ、めんどくせー奴だな、と口をへの字にしたシカマルは、チョウジに横合いから菓子の袋を掻っ攫われて立ち上がっていってしまった。だめ押しの一言に、ナルトは「オレそんなこと考えなかったってばよ」を云い逃がす。視聴覚室のいちばん後ろに取り残されたナルトは呆然とした。

キバがエロビデオを持ってきた。なんでも「ものすげえ」らしい。見たのかよ、と訊いたら見てないと言った。それで何でものすげえってわかるんだ。意味がわからねえ。それでなんで合同上映会になるのかも意味がわからない。興味、興味はそりゃあ、ある。当たり前だ。そんなん、男だったら当たり前だ。

キバがビデオをデッキにセットしている間に、シカマルに菓子を人質に取られたチョウジが窓の暗幕を閉めていた。オレはオレでドアの鍵を閉める。なんでだか、いつもアホみたいにうるさい連中なのに、なんでだか黙っていた。キバが俺は何度も見てっけどよ、と云ったが顔が赤い。みんなそうだった。

プロジェクターに仰々しく映し出されるエロビデオは、テレビ番組に比べればすごい稚拙なカメラワークと場面変換、台詞のありきたりさに笑っていたが、それは最初の2分だけだった。ボリュームは絞り込んでいたけれど、誰もしゃべらないで画面を穴があくほど見つめているから、声を耳が的確に拾い上げていく。

一言でいうと、カエルや犬の交尾とおんなじでグロいしばかげた格好だ。だけど、やっぱり交尾は交尾で過不足なく、納得できるもんがあった。当たり前のことという感覚。わけのわかんなかったもんに唐突に形が与えられて、答えが放り投げられた。でも鼻の穴が広がった女の顔に、あの娘の顔をすげ替えても楽しくなかった。裸の写真に想像ですげ替えをしたこともない。

がらり。

廊下側から差し込む昼間の光に黒い閉鎖空間がやぶられた。冷水を浴びせかけられるような、というのはこん時の気分だろう。キバ、シカマル、チョウジ、それからナルトは鼻にかかった声をあげる女のわざとらしい声をBGMにビデオの緑色のひかりを頭の後ろにスポットライトみたいにあびて、ぽかんと一瞬ほうけた。閉めたはずの鍵。ドアは視聴覚準備室からの後ろもある、それ、わすれてた。

闖入者はプロジェクターが吐き出す画面を一瞥して、なんとも形容しがたい顔をすると一言いった。

「こんなところでなにしてやがる」

キバが思いっきりため息をついた。

「脅かさないで欲しいねえ。……サスケくんじゃねえか」

シカマルが後ろ頭をぼりぼりと掻いて、チョウジが椅子に腰を深くおろして、ぎしりと鳴った。ドアに手をかけたサスケがメンバーの顔を一瞥し、ウスラトンカチが、と呟いた。それから廊下に顔を出して、チィと舌打ちするのが聞こえた。

「――――イルカ先生がくるぞ」

こんどは誰もぽかんとしなかった。サスケがすばやく中に入り込んで鍵を閉める。キバがビデオを取り出す間にシカマルが窓の鍵を開けて、チョウジがいちばん最初に窓の桟に足をかけた。まずい。

「つっかえやがった!」

シカマルが叫ぶ。ガタガタ、と視聴覚室のドアが外から揺らされる。そしたら赤丸がチョウジのケツを噛んで、何時の間にそこに行ったのか、サスケが思い切り膝蹴りをした。めし、という音がして、アルミ合金製の窓の桟がいっしゅん歪んだ、ように見えたのは気のせいだったろうか。炭酸水のコルク栓が飛ぶようにチョウジの体が視聴覚室の窓の外に転がり落ちた。シカマル、キバ、サスケの順で飛び出して、最後にナルトが窓の桟を蹴飛ばす。目を回しかけていたチョウジはまた赤丸にケツを噛まれて目を覚ました。

こらあ、お前ら何してる!のイルカ先生の声に背中を押され、少年たちは一目散に逃げ出した。










「バカじゃねえのか」
「……」
「あんなところで見んじゃねえよ」
「……キバん部屋テレビねえってばよ」
「シカマルは」
「シカマルもチョウジも」

てめえのところは、と言いかけてサスケはつぐんだ。二人がいるのはナルトの部屋だ。

観葉植物の鉢ととひっくり返った巻物の箱、ミミズみたいな字で努力目標を書いた半紙やら、日焼けしたやけにヘアスタイルが時代遅れの女のポスターで飾られた部屋には窓際にベッドと冷蔵庫、いま腰を下ろしている椅子がひとつきりのテーブルセットのほか、家具らしい家具はない。パンの空き袋はあってもオーブントースターもなかった。

「誰が言い出しっぺだ。キバか」

テーブルの足に背をもたれさせたナルトの頭は椅子に腰掛けた(まがりなりにも客扱いされているらしい)サスケの太ももあたりにある。右巻き旋毛が上下した。サスケはため息をつく。アカデミーの廊下で変な気配があると思って視聴覚室のドアを開いたら、あまりにアホらしい光景があった。

忍者の癖に逃げるのも忘れている連中も連中だが、サスケも情報処理能力を飽和する光景に思考回路が停止して、とっさにいっしょに逃げてしまった。呼び出しを食らったらどうしてくれる。ナルトと違ってイルカ先生はなんだかとても苦手なのだ。

「バカどもが」
「……サスケはそんなん興味ねーのかよ」
「……ねえ」
「うっそ。そうゆうのムッツリって云うんだかんな」

カカシ先生が言ってたんだぜえ、とナルトはにししと笑って、胡座をかいた。

「ウスラトンカチ」

顔をあげてサスケの顔を覗くと、黒目のふちが赤くなっていて、右手を伸ばした。サスケのまばたきが早くなる。蛍光灯でできた緑色の影がサスケの頬でひらめく、残像が目に焼きついた。

すいよせられるようにキスをする。なんでサスケが拒まないのか良くわからない。まったくもってよくわからない。だけど拒まれないから、という理由でナルトはこうして何度もサスケとキスをした。波の国の夜と違って、サスケの体がすこし熱い。生きてる。

一度目はお互い不幸な事故だった。
二度目は歯がぶつかって痛くて、血の味がした。
五度目か六度目でサスケの手が首に回った。それから数えていない。

キスをしていると、いろいろなことが遠くなると知った。自分の夢とか、大好きなあの娘の顔も遠くなっていて、サスケのにおいや体温、呼吸だけが息詰まるほどに近かった。

椅子が傾いで壁に押し付けていたサスケの体がずるりと落ちた。追いかけてまた重ねる。服越しに合わさった胸から自分とずれた鼓動が響いて、なんだか気持ちが良かった。夢中でキスをしていると、サスケが肩を叩いた。唇を離すと、体の下でサスケが居心地悪そうに身じろぐ。はっとして腰を引いた。なんとも珍妙な顔をしたサスケがいた。

(ふつう、好きな奴のこと思い浮かべてすんじゃねー?)

シカマルに云われてすげえびっくりした。
一人でするとき、あの娘の顔が浮かばなかった。
だからあの娘をよごさない、それが恋だと思ってた。
でもだからってこれは変だ。あんまりだ。おかしい。

「……おい」

サスケが難しそうな顔をしている。そりゃそうだ。自分だって驚いた、なんてそんなもんじゃない。首筋から沸騰しそうな血液が頭のてっぺんまで上って、顔面から湯気が出るぐらい赤くなった。わけがわからないことを喚いた。

「見て興奮すんのはいいが、妙なもん当てんじゃねえ」
「……ッサ、サスケがいけねーんだ!」
「んだ、そりゃ」

人のせいにすんなと言われた。でもこれはサスケのせいだった。それだけはわかる。肩を押さえ込んで伸し掛かる。同じ男だから難しいし、よりによってあのサスケで、でも男なのに自分はこんなんなってる。体重をかけたせいでサスケを押さえこむのはむずかしくなかった。

またキスをした。サスケの睫毛が近すぎでぼやけていて、でも震えているのがわかった。うっすら開かれた唇に舌を差し込んで、上顎をなぞると肩がびくりと跳ねた。しつこいキスに肩や背中をサスケの手が叩く。

「オイ……っ」

躊躇はなかった。シャツをはぐって手をわき腹に這わせて、その間も食いつくみたいにキスをする。背中や首筋、動かす手のひらがサスケの体温に溶けるような錯覚がして、だんだんサスケとの熱の違いがわからなくなる。手も足もすこし自分より低いサスケの体がだんだん熱くなって、唇を離すころはサスケの手はもう殴らなくなっていた。

筋肉の浮いた腹から臍まで手を滑らせて辿りついたときは鼓動が頭にガンガン響いていていた。ズボンとパンツをひきおろして、自分のをする要領でやると、耳あたりにサスケの息がかかってもっと鼓動が大きくなる。

「ぅ、……っ」
「サスケ…」
「……ぁ、あ」

まるで呪文みたいにサスケを呼んだ。剥き出しの下肢を重ねて、手の中でサスケの手ごと自分のもくっつけて体をうごかした。熱い息衝きをじかに感じてすぐ暴走しそうになる。一度だけ、サスケがオレの名を呼んだ。

あっけなく弾けて、お互いの腹を汚した。

静まりかえった部屋にしばらく整わない呼吸の音だけが響いていた。換気扇が回りっぱなしなのか、涼しい風が浮いた汗を冷やした。後で思いかえせば、ナルトは自分がこの時どうかしていたのだと思った。

仰向けのままでいるサスケの顔を覗き込むと、唇を噛み切ってしまったようで血の匂いがした。また頭で鼓動が響く。

力が抜けてなげだされた脚をかつぎあげ、産毛みたいな絨毛を指で掻きわけ汗ばんだ湿りに顔をうずめると、ほそい息が頭の上からおちた。いままで聞いたこともない種類の声で、頭の奥がじわりと熱をもつのをどこか遠く感じた。

「ナルト……ッ、クソ、てめ」

引き剥がそうとする手が髪を掴むのも気にしない。逃げようと捩る腰骨を掴んで押さえつけ、やわらかい粘膜ではさみこむようにすれば、ぬるついてなんとも形容しがたい変な味だ。でも別にいい。ぜんぜん気にならない。

「ァ、あ、……は、なせっ、……も」

出るから、と懇願するような響きを無視して強く吸いあげる。高まって細った声は底なしに甘かった。顔を挟みこむ内肢の筋がびくびくと引き攣り、力を無くした手がぱたりと落ちた。

口端からこぼれた青臭い雫を親指でぬぐって舐めとっていると、濡れた瞳に睨みつけられた。

「……ざけやがって……」

いつもからは考えられないぐらい荒い息の合間の悪態も、いつもほど鋭く聞こえない。すこし嗄れた声や汗でうっすら光る肌にまた触りたくなってくる、それだけだとナルトは思った。何でこんなにサスケに触りたいのか良くわからない。

それでも電気をつけっぱなしでやるような事じゃない。あの視聴覚室みたいにカーテンもぴっちり閉めてお互いの顔が見えないようなときがいい。あからさま過ぎて気まずさは相当だった。

それから自分のがぬるついているのに気がついて驚いた。触ってなかったのに。サスケがティッシュの箱を投げてきた。受け取ってサスケの腹を拭いてから、自分のも始末する。丸めてゴミ箱に突っ込んでふと気がついた。

あの娘が好きだと唱えていても、ティッシュをとったりしなかった。
それが恋だと思ってた。

上体を倒してまだ上下する胸に顔を寄せると、サスケの手がナルトの髪を撫でた。耳よりはやく体にサスケおなじみの悪態の振動が響いて、ナルトは目を瞑ってサスケのにおいを胸いっぱいに吸いこんだ。

なんだかそれだけでいいような気がして、ひとつ欠伸をした。
















「月面着陸」/ナルトサスケ









……やってしまった、ナルサス微エロ。
お互いワケわかってないのが好きです。
ナルサス連作はこれでひとまず終わり。




「010:バイオリズム」「花降る夜に」→「月面着陸」









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