月浪
つきなみ












side S



アパートのドアを開けて真っ先に向かったのは洗面所だった。洗濯機の洗濯槽の蓋を開けて、蛇口を捻る。ばしゃばしゃと水が洗濯槽にたまる間に紫の風呂敷包みを解く。出てきた白い晒し木綿を睨みつけ、ぎりっと唇をかんだ。

(あのやろう……!)

かっと赤面し、洗濯槽に放り込む。棚からとりだして粉石けんの箱を乱暴に開けると、サスケは軽量スプーンいっぱい、ばちゃばちゃと水の跳ねる洗濯槽にどばっとぶち込んだ。

(あの助平め……!)







窓から差し込む月明かりしかない、暗い部屋の中。

「小糸姐さんはこないよ、馴染みが来てるから」

だから何なんだ、と思った。

「なにも、しねえって言ったろうが」
「そんなこと言ったっけ?」
「いいから、のけ」

きっちりと関節をきめられているせいで、すこし身じろいだだけでも肩から背中にかけて軋むような痛みが走る。唯一自由に動かせるのは下半身だったが、長い着物のためにばたばたと動かすにはうっとうしかった。
ふっと頬に酒くさい息がかかる。

「……ッ」
「あ、耳弱い?」

不意にやわらかい感触が耳たぶをはさむ、えもいわれぬ感覚にサスケは声なく悲鳴を上げた。

男にいたずらを仕掛けられたことがないとは言わない、五、六歳の頃も変な男に手を引かれていきかけたこともあったし、父親の友人に物影に連れて行かれてズボンの中に手を突っ込まれたこともある。だからといってこれほどの危機感を感じたのは初めてだった。振りほどくことすらかなわない相手だというのが怖い。抵抗も抵抗にならないのだ。

褄の合間からひやりと生ぬるいカカシの手がすべりこみ、足をゆっくりと触られる。耳を舐められて、軽く歯を立てられ、サスケは必死になった。冗談じゃない。

(本気で掘られる……ッ)
「い……ってててて、なにすんだサスケ」

左手を頭の後ろにやり、首筋に顔をうずめたカカシの髪の毛を鷲掴みにすると、カカシが情けない声を上げた。

「なに、すんだ、……じゃねえ!」

冗談きついぞ、てめえ、いい加減にしろ、と吐き捨てればカカシがぼそりと呟いた。

「冗談なんかじゃないよ」
「え、……?」

一瞬、手の力を緩めた隙に、腰あたりを探っていたカカシの手が動く。しゅっと布を引き抜く音がしたかと思うと、長襦袢を締めるのに使っていた男締めだった。気がつけばすこし帯も緩んでいる。手が早い、と感心している場合ではなかった。後ろから襟をひき降ろされ、肩があらわになる。

「カカ、シ……ッ」
「本当だって」
「あ」

前を覆う布の横合いからすべりこんだ手にカカシの下になったサスケの膝がわななく。妙にあまい響きの声を返したカカシの乾いた指先が猫のように間隔の短い呼吸に膨らむ腹を撫で、腰骨を撫でた。つつっと鼠けい部のうすい皮膚をなで、まだ生えそろっていない産毛のようなのをかき混ぜる。

「ぃ、つ」
「痛い?」

じかに握りこまれて、すこし痛かったが、声は妙にかすれて、血が上る。身じろごうとしたが、急所をつかまえられて、怖い。しかも中途半端に背中に長着をおろされたせいで、肘に絡んで両腕はまったく役立たずに畳の上をさまよった。上体を起こすのを支える左肘に、妙な力が入る。

「……てめ、ッ……あ」

やわやわと握られて、力が抜ける。畳のへりにがりっと爪を立てるがむなしくすべった。そろりと指先を動かされる、そのもどかしい感覚のずれが自分でするときと違って、かえって熱をあおった。しかもよほど慣れている。

「やめ……」

首筋に顔を埋めて舐めあげられ、ときどき噛みつかれる。背筋から尾骨あたりまでなまぬるく伝うおののきにサスケの背中がそった。カカシの手の中でだんだん形を変えていくのがわかる。じとりと内股に汗が浮き出した。ぬるつくのを親指の腹でこすられ、上下に手を動かされるとたまらない。

「や、……いやだ」

ぐっと布越しに後ろから押しつけられたカカシの下腹にサスケは逃げを打った。力の抜けた体はたやすく引き戻され、ぐり、と尻の間に押し当てられた。しかるようにきつく握られて、痛みに悲鳴をあげたサスケは畳に額をすりつけた。息で湿った畳からふるい井草のにおいがたちのぼり、息苦しくなる。日なたの埃めいたにおいは、場違いにすぎた。

「ん、くっ……」

なんで、と思う。まるで痛みを与えたのをあやまるように、手つきが甘ったるくなる。がくりと力が抜けて、太腿が時おり引きつった。

「あ、ァ」
「そんなに逃げないでよ」

かすれた声が耳元に落ちて、なにを勝手なことを、と思う。

「俺、思ったよりお前のこと好きみたいなんだけど」
「な、に言って……」
「だって、ほら」
「〜〜〜〜っ」
「だから逃げないでって」

そんなモンをケツの間に押しつけられて逃げない奴がいるのか、と思った。汗ばんだ袷の間からカカシの左手が滑り込んで、胸のあたりを撫でさする。そのあいだも腰をおしつけて、欲望のありかを示し続けた。

「ん、ぅ」
「好きなんだけど」
「だからって、これはねえだろうが!」

腰紐で両手首を縛り上げられ、赤い布団の上に転がされて、サスケは怒った。当たり前だ。

「ん」

ふ、と部屋にかすかに差し込んでいた月明かりが消える。雲で翳ったのだと思った。
くっくっく、とカカシ特有の喉の奥で笑う声がした。腰を両手で持ち上げられ、下に枕を入れられる。犬のような格好にサスケが暴れると、べろーんと紬と襦袢の裾をまくられた。

「ひ」

いきなり下肢をあらわにされ、触れた空気に鳥肌が立った。うっすらと浮いていた汗が冷える。

「あ、ほんとにふんどしだ」
「〜〜っ」

嬉々とした声と同時にちう、と白い臀部に吸いつかれ、きゅっとお尻に力が入ってつぼむ。首を後ろにねじ向けて、サスケは切れ切れになじった。

「へ、ンなとこ、さわんな……ッ」
「ん、ごめんね」

首筋にカカシの息があたり、あらわになった肩甲骨の窪みや、頚椎、耳の後ろにやさしく口付けられる。好きだよ、と言う声とキスばかりは甘いくせに、根元から先端まで、ぬるぬるといじくる手つきのえげつなさは相当だった。すこし強めにしごかれ、濡れた割れ目に軽く爪を立てられる。

「く、ぅ……んンっ」

ぴりっと痛みより鋭くはしりぬけた感覚に、しろく目眩がおそってサスケはぶちまけた。










「〜〜〜〜!!」

思い出して、怒りと羞恥で声にもならない。苛ついたサスケは乱暴に洗濯槽の蓋を閉じ、がちがちと洗濯モードのつまみを捻って、ふつうに合わせる。

(ふざけんな!)

だいたい、あいつが変態に襲われることもあるから、眞田屋でのバイトはやめろとのたまったのではないか。それが、そうのたまった当人があんな。あんな。

かかかかっと頭に血を上らせ、顔にも血を昇らせたサスケはがたがたと揺れ出した旧式の洗濯機に背をもたれさせ、その拍子に床に放り出した風呂敷を踏んづけて滑った。安いビニールタイルだから勢いよくすべって、洗濯槽にしたたか背中を打ちつける。

「――――ッ」

痛みにうめきながらずるずるっとしゃがみ込んだ。ハーフパンツからのぞく膝頭に真っ赤になった顔を埋めて頭を抱えこむ。ハーフパンツから自分の家で使うのとは違う洗剤と、眞田屋に焚き染められた蚊遣り香のにおいがして、ますますどつぼにおちいる羽目になった。

「……くそっ」









side K





「おい、カカシ、うどん伸びるぞ」
「あ、あー、うん」

せっかくの忠告にたいする同僚の生返事をよそに、いつもタバコを吸っている口に箸をくわえ、アスマは箸を割った。

狐うどんは長ネギをたっぷり、七味唐辛子を大量にかけて、油揚げにしみた甘い汁と辛い出汁、その熱いのを一緒にすすりこむのが一番うまい食い方だと思う。たとえそれがアカデミーの食堂で作られる、お世辞にもおいしいといえない奴であってもだ。

いや、おいしくないからこそ、そうでもしないと食べる気がしない。ただでさえ、伸びかけなのだ。伸びたらとてもじゃないが三日間断食ぐらいした状態でなければ食べ物とは思えなかった。

アスマは冬眠から目覚めた熊のように据わった眼差しで、七味唐辛子を入れたタッパーを探す。

六人座りの長机が縦四つ、それが横に四つずらずらっと並んだ食堂は油染みた色の壁と床をしていて、年中、えもいわれぬ臭いがする。雨の日などは外出をして食う気がしない教員や生徒が押しかけるため、窓は結露し不快指数はとんでもなくなる。冷房のはしくれとして扇風機がやたらひくい天井についていたが、ネットもかけない剥き出しのままで埃をかぶり、回っているところを見たものは少なかった。

長机のうえには、醤油のペットボトルとソースが乗り、それからコショウの業務用大缶と、タッパーにつめた七味唐辛子が四つ並んだ机一列に一セットずつだった。アスマの座っている机のタッパーはかなり遠い。それよりも向かい合わせで食う同僚の後ろ、隣の列の机の上に置いてあるほうが近い。

目ざとく見つけ、アスマは口を開いた。

「カカシ、後ろの奴らから七味借りてくれ」
「あ、あー、うん」
「……おい、いい加減にしろよ、ボケボケした面をさらにぼけぇっとさせやがって、このうらなり」
「え?」

慌てふためいて顔をあげたカカシにアスマはやれやれとため息をつき、辛抱強くもう一度繰り返した。子供を教えるときは、一に忍耐、二に忍耐、三四がなくて、五に忍耐だ。

「七味、後ろの奴らから借りてくれ」
「あ、わかった、はいはい」

アスマがティースプーンでごそりっとぶち込むのに、カカシは眉を寄せながら、割り箸をぱきりと割った。だがカカシは食べるでもなく、ネギやうどんを箸でかき回して、口をつけようとしない。行儀が悪い。アスマはうどんに息をかけながらじろりと見た。

「なんだ、ボーっとしやがって。朝帰りばっかしてるからだぞ。女は足に来るからほどほどにしとけって言われてるろうが」

使用済みのタッパーをうけとって、ほんのすこし、自分の月見うどんに七味をいれようとしていたカカシの手がつるんと滑った。

「あ〜」
「……げ」











北と東にしつえられた窓からは青い光が落ちて、畳の目をうっすらと浮かしている。時々思い出したように笑い声が聞こえてきたが、カカシとサスケのいる座敷にはすこし乱れた呼吸の音だけがしていた。

いやがって揺れる丸いお尻に立て廻しと呼ばれる捩れた布が食い込んでいるのが、なんとも良い眺めだった。女の人のたっぷりと実ったような形ではない、それでもまろやかな腺を描いていて、なでる手のひらに感じるきめ細かさにほくそえむ。しかもしっとりとした股の付け根のきわどいところに黒子を見つけてしまって、もう、だめだった。

子供のおでこにするように、ちゅ、とキスをして舐めあげるとすこししょっぱい。息を詰めたサスケに、変なとこにさわるな、と途切れ途切れの声で怒られてしまった。

サスケがもとから敏感なのか、酒が入るとよくなるたちなのか、いちいち反応するから楽しくてたまらないのだ。しかも、男に触られることに対する生理的な拒否感もあるわけではないのだから、棚から牡丹餅だった。

「ん、ごめんね」

汗ですこし湿った首筋や、さっきいいところだと知ったばかりの耳の後ろに音を立てて口づけながら、まるで自分のものではないような声で好きだよと何度も言った。股下をくぐらせ前に忍ばせたままの右手でいっちょまえに濡れて立ち上がった性器を可愛がる。とたん、犬の子のようにサスケが鳴き、体を縮こまらせた。

「く、ぅ……んンっ」

ぴゅるっ、と生暖かいものがカカシの手をぬらした。搾り出すように手を動かすと、足の指が赤ん坊のように縮こまって、赤い蒲団に皺を寄せる。ひゅうひゅうと荒い息を繰りかえし、潤んだ目で睨まれた。

「……汚しやがって……」

借り物なのに、と呟いて布団に顔を埋めて隠してしまう。頭かくして尻隠さずの言葉どおりで、やすっぽい赤い布団の上で白いお尻がもぞもぞと揺れている。この子、わかってやってるのかな、と桜紙で指を拭きながらカカシはあらぬ方向を見た。ちょっとお触りぐらいで終わらせようかと思ってたのに。

(あ)

枕もとにあった唐櫛笥のひきだしをあけると、案の定、いろいろ入っていた。さすがは色町ということか。片手で取り出し、口元に持っていって栓をひき抜く。

ぴく、とサスケの背中が震えた。ぬるりと冷たい滴が太腿をぬらし、丁子の甘い匂いが漂った。

「な……、なに」
「油。そのまんまはきついでしょ」

きついとは何ぞや、と思ったかどうか、サスケは迷わず逃げ出そうと、衾から体を起こす。だがカカシの方が早かった。はしっとサスケの足首をつかみ、引き寄せる。おもわず何かにつかまろうとしたサスケが、枕もとの唐櫛笥の箱にてを引っ掛けた。がちゃっと抽斗が飛び出して、中のものが転がる。

「……ッ」

思わずしげしげと見入ってしまったサスケの顔に血が上った。慌てて目をそらす。

「べっ甲製のだから、高価いやつだな」

まるで母親にお尻を叩かれる子供そのものだった。あぐらをかいたカカシの膝の上にうつ伏せにのせられる。しかも、カカシのがサスケの下腹部に当たっていた。

「……や、はなせっ」

せめて腕が自由なら逃げられたかもしれないが、腰紐の結び目はさすが上忍というかなんというか、縄抜けの術を使ってもぬけられなかった。顔と肩だけで体重を支える格好はつらいが、冗談のような手際のよさで掛け布団と枕がやわらかくサスケを受け止めていた。

「お湯とかで人肌ぐらいに温めるとやわらかくなるから、ひとり寝のさみしい人とか」
「見せんな、んなもん……、あッ」

つつつっと背中から油ですべるカカシの指が、立て廻しの横合いから双丘のあいだを撫でた。すべりこんで、窄まりの淵をなでる。くん、と前をおおう布地が濡れそぼった場所にはりつく。

「……どこ、さわって……っ」
「あとこういうお店で、慣れない子とかに使うらしいよ。……ちょっと邪魔だね」

張り形に関するいらない講釈の合間に、右手の人差し指が立て廻しの間からぬるっと入りこんでくる。きゅうっと力を入れて拒んでも、丁子油のぬるみで、すこし強引に通られた。一方開いたカカシの左手は、背中にある香色の帯の結び目をするりとほどいてゆるめてしまう。それからふんどしの腰をぐるりと巻く横廻しにある結び目をさぐっていた。割れ目の上にあるみつ、と呼ばれる結び目に指を割り込ませ、ぐ、ぐ、とほどいていく。

「や、……やめ」

悲しいかなサスケの抵抗は足をばたつかせることしかできない。しかも結び目さえほどいてしまえば、着物は簡単に脱がせてしまえるのだ。

「痛くしないから……。たぶん」

カカシのささやきと同時に、結び目がほどけ、ふんどしはただサスケの下肢にからまる白い布になった。カカシは左手でサスケの前をつかみ、さっき出したのでべたついてるそれをやわく握りこんだ。

「ァッ」

やわやわと手を動かしながら、ふっと力の抜けたうちに、ぬるーっと一本、根元まで指を差し込む。信じられないぐらい熱く、柔らかい肉がきゅうっと包み込んでくるのに、年甲斐もなくドキドキした。まずい、とか、やばい、という心の声があるにはある。だがしかし目の前の据え膳にくらべれば、風の前の塵に同じだった。

すこしずつ、すこしずつ、指を小刻みにうごかしていきながら、ちゃんと前も触ってやる。後ろの指に強ばっても前に直接触られると、くにゃっとサスケの体からは力が抜けてしまって柔らかくなる。まっさらで与えられる感覚に弱い体だった。ほんとうに可愛い。カカシは体をずらして、すこし筋肉のついているうすい肩にキスを落とした。

「ん、ん、ぅ」

緩んできたのを見計らって、中指を添えてさし入れる。サスケの呼吸に合わせて、ゆっくりと押し広げるように動かした。指の腹でやわらかく溶けだした中をさぐると、サスケが背中をしならせた。

「……ぁ、んッ」
(あ、みつけた)
「ふ、ぁ、あ」

声変わり間もない少年の、かすれた声が信じられないぐらい甘い響きになって鼓膜に届く。ぐっと押してよりも、指の腹でそろそろと撫でられるほうが気持ちいいらしい。指が動くたび、きゅっと白いお尻にえくぼがよって、先走りがぬるぬると溢れてカカシの左手を濡らした。

「ぁ、あ、……ぁッ」

縛られっぱなしの手がかわいそうで、カカシは両手を戒める腰紐の結び目をほどいてやった。赤い痕がついているのにごめんね、と思わず呟いてしまう。

「……?」

とろりとした目がカカシを見上げてきた。だが指を動かせば、切なそうに眉を寄せて、白く汗の粒を浮かべた背中を震わせる。ぽたぽたと滴を落として、カカシの着物の前を汚していた。足に力がはいらないのか、爪先がいたずらに蒲団を乱す。

「ぁ、……んッ、く」

むずがるように頭を振ったサスケは、ぎゅっとカカシの膝にしがみついて、短い息をこぼす。そこでカカシははた、と気がつく。

(……あれ?)

サスケは小さくあえぎながら、そのたびにお尻をくねらせる。はだけて太腿から膝まで中途半端にからんだ布地がいやらしかった。

だがそれが問題なのではない。さっきまで、元気だったはずで、サスケが体を動かすたび、おなかにつんつん当たっていたのに。カカシは膝の上のサスケを仰向けに蒲団に寝かせ、それから自分の前を探った。

「……うっそお」

愛息はうつらうつらしていた。
おいおい、これからだろ、と気合を入れてみるが、懺悔してしまったまま、どうにもだめだ。叩いても触っても、どうも気合が入らない。おそらく、入れようとしても滑ってそれてしまうだろう。

(……呑みすぎ)
「……カシ……?」

呼びかけにカカシは自分の下で小さく息を乱しているサスケを見下ろした。まだボーっとしているらしい。もしかしたら酒の酔いかもしれない。もうほとんど解けかけた帯と、かろうじて襦袢がひっかかっているだけで、裾は乱れ放題の非常にいい格好だった。なんだか不安そうな顔をしている。

(まあいいか)

ふっとカカシは笑った。今日はサスケのいろいろな顔をいっぱい見れただけでよしとするしかなさそうだ。欲をかきすぎると良くないのかもしれない。なんだかこの調子ならサスケも満更でもなさそうだし、この妙な恋路も何とかなるのではないかしらん、とカカシは思った。

(とりあえず、ま)

かがみこんでサスケの頬にキスをする。それからよいせ、と膝の上に抱き上げて顔を覗きこんだ。

「……」
「……」

なんだかものすごい、恥ずかしくなってきた。窓から差し込む青い月明かりが、サスケの目にうつりこんですこし光っているのがわかる。視線がカカシの顎のあたりをうろうろとさまよっていた。困っているのがわかって、カカシも年甲斐もなく慌ててきた。窓からの夜の空気はそれなりに冷たいのに、手のひらに汗がじわじわと浮いてきたのがわかる。

肩のあたりに置かれた手をつかむと、サスケが視線を上げた。そらしそうになって踏みとどまる。これはもう大丈夫ということなのだろうか違うのだろうか。いや、でもいやだったら断固逃げ出している気がする。だったらいいってことなのだろうか。喉の奥のほうがからからになってきた。なんだかはじめて女の子と手をつないだときみたいな気分だ。やらしいことをしたくてたまらなくて、それと同じくらいたくさん喋っていたかった。

好きなんだけど、というと眉がしかめられる。困ったような顔だとなんとなくわかる。 そのまま勢いにまかせて顔を寄せていくと、不思議なことに逃げられなかった。すこし顎を引いただけで唇を受け止める。ぼやけた視界のなかでサスケの以外に濃い睫がひくつくのがにじんでいた。

そろり、と手を太股の間にしのばせると襟元をつかんだサスケの手が震える。とぎれとぎれにかすれきったやるせない声が耳元を掠めてカカシは思った。ああ、やっぱり。

―――残念無念。








「あ」

ずるずるとうどんをすすりこむアスマはカカシが突然まのぬけた声をあげるのに目を上げた。

「今度は何だよ?」
「……月見うどんの黄身、破った」

なんだ、くだらねえな、とアスマが鼻で笑うと、カカシは箸を振って違うと反論した。

「最後のさいごに火がとおって白くなった白身ごと、ちゅるーって食うのがうまいんだよ」
「食っちまえば一緒だろうが」
「あー……」

がしがしと箒のような頭を掻くのに、本当に今日のこいつはどうしたのかとアスマは首をかしげ、狐うどんのどんぶりを持ち上げた。

黄身でつゆのにごったうどんを箸でかき混ぜながら、カカシは悶々とする。

(あー、もう)

だいたいうどんなんて食べようとしたのがいけない。
しろくてすべすべ、ぷりぷりむちむちしていて長いではないか。














「月浪」/カカシサスケ





某集会で読んでくださるといった方々に、
しめるときは、ギューンッ!ソイヤ!で。
感謝の気持ちを捧げます(いりません)。
ふんどし祭りでした。


きっかけとなったかずい様のSSはこちら。
「無題」へ
天紅【後】へ







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