お風呂に行こう
たとえばね、若い時に「うっかり」ってことあるでしょう。 なんだろ、女の子のことがむしょうに気になっちゃってさ、保健体育の教科書とかじっくり見ちゃうぐらいなんだけど、まだ自分でエロ本とかを買う勇気がない。せいぜい兄貴のとかをこっそり友達が持ってくるのを皆で「おおおおおおっ」とかキラキラした眼で見ちゃう頃とかね。 それでさ、全然、まったく、何てことない時、何も疚しいこと考えてなかったのに(たとえば授業中とか)、下を見たら……! なーんてことが、年頃の男の子にはあるわけでしょう。 いや、若いってスバラシイ。 (……なんて現実逃避してどうするよ、オレ!) 直視したくない光景を前に、泳いだ思考をぶんぶんと首を振って軌道修正する。いかん、忍びたるもの、二十五条を忘れたか、と心のフンドシを締めなおして、改めて現実を見つめてみたが、どんなに目を擦ってみても変わらない、それは夢ではなかった。 ティーンエイジャーならまだしも救いがあるのに。 (っていうか二十代で言いたくないけど四捨五入すると三十の大台に乗るんですけど) お肌の曲がり角を通り過ぎておいて、とてもとても、「うっかり」なんてカワイイ一言では済まない。 「カカシ?どうかしたのか?」 と、「うっかり」の原因がこちらを見あげてきた。ううう、今のオレにとって死ぬほど心臓に悪い角度なんですけども。 「んー?なんでもないよー」 そこはそれ、一応しごとですから、声は平静、顔も平静だが、口から心臓が飛び出そうだ。 癖はないが硬そうな黒髪に、こづくりで端正って言うのか?整った顔だち、二重の眼は切れ長。眉間に皺をよせて、こっちを見あげている。 うちはサスケ。 アカデミーをトップで合格とか、天才とかルーキーとか、悲劇のエリート一族とか、くの一クラスで一番人気とか、まあ、いろいろ呼び名はあるんですけどね。 まず何より、このオレこと、はたけカカシの、大事な仲間で部下の一人だ。 (なんだけどさ、それで、それが、一体どうして、こうなっちゃうのよ!) もう泣きそう。 え?なに?状況が良くわからない?どこにいんのかって? ちゃんと良く見てよ、オレ今いっぱいいっぱいなんだから。 碁盤の目みたいに規則正しく布かれたタイルには御湯が流れて、石鹸のにおい。壁際に積み重なった腰かけとケロヨン洗面器。広くて高い天井、曇りガラスの天窓。ただよう湯気の向こうにはタイルに描かれたいっぱいのフジヤマ! そう、ここは銭湯。その名も「スーパー木の葉の湯」。オレが名前をつけたわけじゃない。 そんで俺の目の前にはタオルを腰に巻いて立ってるサスケ君、三つある湯船のうち一つに俺一人がいて、男湯に他に人はいない。まあ、二人だけで貸し切り状態なんだけどね。 どうしてオレとサスケ君が仲良く銭湯になんているのかって言いますと、話せばちょっと長くなる。 ことの起こりは三週間くらい前になるのかなあ。 「水道工事のため一週間給水制限?」 新米下忍スリーマンセルの監督・指導っていうのが俺の仕事、依頼を受けるのはC・Dランクの任務だけど、子供たちってパワーがあるからそれなりに疲れたりもする。その日もちょっとくたびれた感じで、メシ食ってフロ入ってとっとと寝ようって思ってたんだ。 それで下宿に帰ると、グラグラ揺れる白熱灯の明かりに照らされて、錆びたドアに張り紙がしてあった。 木の葉の里も最近、いろいろ便利になったんだけど、場所によっては下水が完備されてなかったりして汲み取り式便所とか、未だに井戸水くみ上げて使ってる人とかもいる。まあ、この下宿があるのも水道工事が計画途中っていう地域に入っていたらしい。料理とかぐらいならまだいいらしいんだけど、風呂はなるべく使わないように、って書いてあった。 うちの下宿は築二十五年強っていうオンボロなんだけど、元の造りがしっかりしてんのか、建物は古くても老朽化はあんまりしていない。床も腐ってないし、壁が斜めになってたりもしない。日当たりがちょっと悪いのが難だったけど、大家の小母ちゃんに頼んで食費を入れておけば、朝メシと夕メシも作ってくれるとイロイロ利点もあったり。 でも、どうしてこの物件に決めたかって言えば、トイレとしっかり別になった風呂が部屋にキッチリ付いてることだったんだよね。狭いけど。 ま、その風呂に入れないのは残念だったけど、水が出ないんならしょうがない。そんなわけで、俺は実に数年ぶりに銭湯を訪れたのだ。(大家さんがしっかり最寄の銭湯までの地図を書いていてくれた。親切だなあ) メシ前に風呂入ろうと思ったから、とりあえず重たいベストを脱いで、洗面器にバスタオルと手拭い、歯ブラシ、シャンプー、リンスに石鹸を突っ込んでお風呂セットを作ると、財布を持って外に出る。ちょうど西の方に太陽が落ちきった頃合だった。 古い家と似たように古い下宿が瓦屋根をつき合わせてひしめく路地を雪駄で歩く。 こういう夕ぐれ時の路地ってけっこう好きだ。 夕ごはんの匂いとかラジオの音が微かにして、まだ遊んでる子供の声とかが追いかけてくる。仕事を終わらせて家に急ぐ人とか、買い物をするお母さんとか、すれ違うみんな足早なのに肩の力は抜けてて、騒がしいけど鬱陶しくない。ただよう空気もオレンジ色で、光が柔らかくてぬくい、そんな感じ。 ぽつんぽつんと夕暮れの町に灯りだした提灯の明かりを見ながら、帰りがけに一杯ひっかけるのもオツだよなあ、なんて思う。そんなことをつらつら考えてたら、一本煙突が近づいて、藍染めの「ゆ」暖簾をくぐった。 脱いだ雪駄を木札鍵の下駄箱に入れて上がり框に足を乗せれば、ギイギイ軋むのも愛嬌。引き戸をがらりと開けると、天井が高いから開放感がある。銭湯の醍醐味だよ、ってかなり上機嫌だ。 そしたらにゅっと左の顔あたりに番台に座る爺さんの手が出てきた。小銭を払うといらっしゃい、と言われた。 奥のほうに浴場の曇りガラス戸、テープでガラスのヒビをふさいだトイレと、コインランドリーの部屋。手前にある脱衣所の真ん中、右の女湯と分ける薄い壁のあたりに備え付けの扇風機と体重計、籐椅子やオンボロマッサージ椅子があって、風呂上りのおっさんが一人腰かけて雑誌を捲ってた。それ以外脱衣所に人影はなくて、荷物がぽつぽつとロッカーに入っているだけだ。番台のところには、飲み物の入った冷蔵庫と、シャンプーやリンスと言った風呂用品が少し売られている。 「爺さん、商売はどんな感じです」 脱ぎながら、帳簿を捲る爺さんに聞くと、爺さんは老眼鏡を外してくしゃりと笑った。 「毎度お世話さま、ぼつぼつって所かね、今はあんたを入れて四人しか男湯はいないよ」 「女湯は?」 「それがこれっぽっちも」 そりゃ残念、と正直に返すと、馬鹿をお言いでない、って叱られた。デレデレ笑いながらいわれても、説得力ないよ。 ぽいぽいっと手軽にぬぐと、風呂セットを小脇に抱えてガラス戸をガラガラっと開いた。むわんと漂う湯気の向こうにでっかいフジヤマがあって、積み重なった洗面器のケロヨンの蛍光色に、ああ銭湯、と訳の分からない感慨が湧く。爺さんが言ってたとおり、茹で上がりそうなほど真っ赤な顔でお湯につかる年寄りと、背中まで毛が生えた親父が洗面台の前で髪の毛を洗っている。 最後の一人は横並びの蛇口の前、鏡越しにぽかーんと口をあけてオレを見てた。 オレもぽかーんとして、鏡の中と視線を合わせる。 「サスケ?」 体を洗っていたのか、泡あわした体のまま、サスケはぎくしゃくと頷く。ジッと顔を見られてる。なんなんだ。 ……あ、そっか。マスクしてないからか。額宛も外してるけど、左眼は使うとむやみやたらとチャクラを使うんで眼帯でふさいでいる。ま、鼻と口みせるの初めてだし、驚くのも当たり前か。 ふざけて「オレだよ、先生だよー」って言ったら、フン、っていつも通りの反応だった。 腰かけをサスケの隣の蛇口台のところに置いて、オレも場所を確保した。 「お前、ここ使ってるんだ?」 かぶせ湯をしながら訊くと、うち、風呂ねえから、と答える。詳しく聞くと、サスケのアパートもこの近くなんだけど、ユニットバスしかないから、しっかりお湯につかりたい時とか、三日にいっぺん位は此処に来るらしい。へえ、意外ときれい好きだ。 というより、風呂好きみたいだ。 オレなんか面倒くさいから頭と体はいっぺんに洗って、湯船には一回遣って終わり、なんだけど、サスケは体を洗ってから一回、頭を洗ってから一回つかって、上がるらしい。 オレが頭に手拭いをのせると、オヤジくさい、っていわれた。風呂好きなんて年寄りくさい、っていったらオヤジよりましだってさ。ひっどーい。 むかついたんで、水鉄砲で攻撃すると、むきになって仕返ししてくるのが楽しかった。俺の方が手のひら大きいから、飛距離も攻撃力も段違いなのにね、頑張る姿勢はなかなかエライ。 なんだかいつもと違って、空気が湯気でほわんとしているせいか、無表情か仏頂面のサスケの表情が柔らかい気がする。とんがってる髪の毛も洗ったあとはくたくたしてるし、いつもはボソッと辛らつなことを言う声も、やさしく反響して耳に馴染みがいい。うん、なかなかいい感じだ。 正直扱いにくいなあ、って思ってたんだけどね。七班だとさ、サクラはまあ、特に何も厄介なこともないし、気は強いけど頭の回転が速い子だし、いい子だし。ナルトは木の葉一の厄介ゴトを抱えてるけど、単純だし素直だし時々びっくりするぐらい男前なところがあって、どこか安心して見ていられる。 だけどこの子の場合ねえ。 別に命令もちゃんと聞くし、仕事もキッチリやるし、意外に一番仲間思いなのも知ってる。 だけどさ、オレとバカ話してくんないじゃない?サクラとナルトみたいに。たまの突っ込みは毒があってきっつくて、かなり効くんだけどね。 だからこの日。 (そっか、そっか、これが裸のお付き合いってやつか―) なーんて、オレはかなり嬉しかった。生徒うけもつの初めてだからさ、いちいち発見することが嬉しかったり怖かったりで、堪んないんだよね。こうしてみると、イルカ先生がずっとアカデミーで忍者候補生を育ててるのも頷ける。きついけど楽しいもん。 そんな新たな一面を見せてくれたサスケが、風呂上りに何気なく壜牛乳を一気飲みしてるのがちょっと可愛かった。オレ?そりゃやっぱビールでしょ。空きっ腹だったからかなり効いたけど、喉越し良くて美味かったよ〜。ビールは喉で飲むっての、本当だよ。 ――――って、そんな感じでオレとサスケは銭湯友だち(そんな言葉あるのかな)、になったわけです。 給水制限じたいは一週間で終わったんだけど、疲れて帰ってきた後、風呂洗うのって面倒くさいでしょ?まあ、前の夜に使いおわったあとに速攻で洗っておけばいいんだけどさ、風呂上りの素っ裸で、ガシガシ湯船洗ってる自分の姿っていうのも、なんかブルーだし。小銭払えば御手軽に風呂は入れるし、しかも湯船が大きいから体も伸ばせるし。下宿の窮屈だから。 そんなこんなで、ちょくちょく通うようになって、サスケともたまに顔をあわせたりしてたわけさ。 昼の任務の時は別にいつも通り、指示と最低限の質問ぐらいしか交わさないんだけど、夜は少し違う。 風呂上りでほこほこした体を夜風で冷ましながらサスケと路地を歩くのは気持ちよかった。街灯と提灯の赤や黄色の明かりが蒼い夜に浮かんでて、横顔に映るのをなんだか妙にうきうきして見ていた。非日常っていうのかねえ、祭りの夜みたいな感じ。夜なんか出歩くと、昼間とは違った人間の顔が見れるもんだけど、サスケみたいな年頃の子供がこんな時間あるかないでしょ。だから、非日常とか思ったのかな。 喋ったり喋らなかったり、たまに飲み物奢ってやることもあった。なかなか結構いい感じだったと思う。飲み物やると、どうぞ、ってこっちが言って自分の分を呑むまでサスケ、口つけないんだ。行儀いいんだなあ、って感心した。 昼間とは違う感じなんだ。うん。 だから俺は夕方になると思い出したように銭湯への道を雪駄で歩く。男湯に入るとまず黒髪を捜す。それから小さな背中の隣に腰掛ける。先に上がったほうが後から上がってくるほうを待って、帰り道を途中まで歩く。 そんな感じだった。 それで今日。 任務終了、と同時に雷が光った。いや、東のほうから緑色がかった分厚い雲が広がってたから、ああこりゃ夕立がきそうだなって、早めに切り上げたんだ。 性懲りもなくサクラがサスケを誘って、サスケは素っ気なく答えて、ポケットに手を突っ込んでスタスタ歩いていってしまう。サクラがしょぼんと肩を落とす。それを見たナルトが正直にでっかい目をキラキラさせてサクラを誘うが、5連コンボを食らって、べったりと倒れる。ううん、なかなか切ない光景だ。 まあ女の子に甘んじて殴られるのは男の子の優しさなんだけどね。そう考えるとナルトってイイ男になりそうだなあ。サクラもさっきと違って楽しそうだし、恋する女の子はずるくて可愛いねえ。 バイバイって手を振る俺に、明日は遅刻しないでと云われて苦笑した。ごもっとも。そんで例によって例のごとく、都合のわるい科白は聞かないフリで姿を消した。 もう、とかサクラが怒ってる声が聞こえて、ナルトが本当だってばよ、って言ってるのが聞こえたけど、知らんぷり。 てけてけ家に向かって歩いてると、足元にぼつん、って灰色のしみが出来た。ボツ、ボツボツ、って響いたかと思うと、叩きつけるみたいな生ぬるい滴。いっしゅん街の音が遠くなって蒸されて立ち上る土の匂いと草いきれ、低く垂れ込めた雲までは果てしなく遠いのに、狭くのしかかるように見えて息苦しくなるような錯覚。 「あー……、降ってきちゃった」 今はなんとなく雨に降られていい気分じゃなかった。雨で濡れたのが生乾きになるのって臭いし。やだなあって思いながら走ってたら、たたきつけるみたいに落ちてくる灰色の雨のむこうにぼんやり走る影が見えた。 器用に水たまりを避けながら、目に水が入らないよう手を翳している。 無言で横に並んでみたら、ちらりと横目で俺の姿をとらえてぐぐってスピードをあげた。お、やるつもりだね。かかってきなさーい。また追いつくとさらに上げる。ぐんぐん後に景色が流れていく。やっぱり速い。でも、いい筋してるんだけど、全体的に筋肉の量と質が違うし体力も違うしね、サスケの眉間にきゅうって皺がよる。おこったかな〜? あ。 「ちょっと待った」 「うわっ」 ぐっと意味なく大きく襟ぐりの開いたサスケの首根っこを捕まえる。ぐぇって一瞬息が詰まったのか(そりゃ当たり前だよねえ)、ずるってバランスを崩した拍子に水たまりに滑って転びそうになるのを慌てて支えた。 「……チィ」 自分の失態に小さく舌打ちして俺の手のひらを押し戻そうとする。だけど俺は抱きかかえたまま、見る見る目つきが悪くなった。離せ、と無言で言いながらいぶかしむ視線に右目を笑わせる。 「雨宿りしよう」 わけわかんねぇ、とか何とか言いながらサスケは横で濡れて引っつく服を脱いで、籠の中に放り込んでいく。 オレが誘ったからタオル代はオレ持ち、意外に財布の紐はしっかりしている。番台の爺さん以外ひとのいない銭湯は、屋根に雨粒が当たる音が大きく響いてまるで閉じ込められているみたいだった。 コインランドリーに洗濯物を突っ込んで、爺さんに時間になったら乾燥機に入れてもらうよう頼んで、浴場に向かった。 顔と体をざっと洗って浴槽につかってるうち分厚くて暗い雲は流れていったのか、窓の外が少し明るくなった。雨音はそのまま包み込むように響いている。湯船に遣ってぼんやり頭を洗うサスケを見てた。頭を乗っけたタイルが冷たくて気持ちがいい。 (色白いなあ) 白いってことは知ってたけど、こうして湯気でけむる明るいところで見ると本当に白かった。あまり焼けない体質なのか、ふだん外に出てる顔とか手とかも白い。なにげなく、まだ細くて幼いラインを目でなぞってて、慌てて目を逸らした。 (ん?何で逸らす必要があるんだ?) なにも恥かしがることはないぞ。男じゃないか。お宝見せ合いっこ、なんてことはやっちゃいないが、似たようなもんだぞ。いや、にてない。全然似てないぞ。だって後ろめたい。 ……後ろめたいだとぅ? なんていうか、なんだか女友達の仕草にドキッとした時とかの感覚に似てる。友達を欲情の対象としてとらえる、そんな。 「……ってぇ」 響いたサスケの声にはっとした。 泡立ててる拍子にシャンプーが目に入っちゃったみたいだ。バシャバシャ水を顔にかけてるけど、髪から落ちた泡がとけてるからちっとも痛みが引かないらしい。 「大丈夫か」 いいかげん体も暖まってたからうつむくサスケの横にしゃがみこむ。見せてみろって顔上げさせようとしたんだ。嫌がられるか、って思ったんだけど、正直すなおに顔を上向けたからひょうしぬけした。痛くてそれど頃じゃないみたいだ。ぎゅうって左眼を瞑ったままだ。本当に痛そうで、開けてみろって言ってもびくびくした左眼は一ミリぐらいしか開かなかった。 「水かけるから、あんまりぎゅって瞑るな」 ひどく瞑るとそのせいでかえって石鹸が目に入るって良くある。勢い弱くしたシャワーをかけて丁寧に泡を流す。 通った鼻筋に薄い唇。パーツのひとつひとつがくせのない整った顔してるんだなあとおもった。女の子が騒ぐのも当たり前かもしれない。男も女も子供の頃からととのってる奴と、成長してくるにしたがって味のある整った顔になる奴がいる。サスケは間違いなく前者なんだろう。 はりついた前髪をかきあげて、軽くおでこを叩く。 「も、泡流れたよ。開けてみ」 ――――うわ……。 仰むいた白い面の形のよい眉が和らいで、白い瞼が震えながらふわりと上がった。いつもは筆で払ったような切れ長の目尻が赤くなってて、睫毛が濡れてる。サスケがたしかめるようにゆっくり瞬きをする、長い睫毛がそのたび震えた。女の子がマスカラとかでクルンとさせたやつじゃなくって、下向きにすうっとまっすぐで、伏し目にするときつい眼差しがけぶって、それを。 (うあああ〜〜〜) サスケのおでこにおいたままの手が、其処からかっと熱くなるような気がして、慌てて形のよいおでこをべちんと叩いた。 びくって肩を竦めるのが小動物みたいだ。その頬がふんわりピンク色で、濡れたような黒眼が見あげてくるのに金縛る。バクバク心臓がいってて、顔面がいつもの笑いの形のままで硬直していた。 サスケが口を動くのをどこか遠く見つめる。 「……悪ィ」 透明な滴を結ぶうすい唇が艶めかしかった。 フラフラしながら湯船に戻る。 たとえばね、若い時に「うっかり」ってことあるでしょう。 なんだろ、女の子のことがむしょうに気になっちゃってさ、保健体育の教科書とかじっくり見ちゃうぐらいなんだけど、まだ自分でエロ本とかを買う勇気がない。せいぜい兄貴のとかをこっそり友達が持ってくるのを皆で「おおおおおおっ」とかキラキラした眼で見ちゃう頃とかね。 それでさ、全然、まったく、何てことない時、何も疚しいこと考えてなかったのに(たとえば授業中とか)、下を見たら……! なーんてことが、年頃の男の子にはあるわけでしょう。 いや、若いってスバラシイ。 (……なんて現実逃避してどうするよ、オレ!) 直視したくない光景を前に、泳いだ思考をぶんぶんと首を振って軌道修正する。いかん、忍びたるもの、二十五条を忘れたか、と心のフンドシを締めなおして、改めて現実を見つめてみたが、どんなに目を擦ってみても変わらない、それは夢ではなかった。 ティーンエイジャーならまだしも救いがあるのに。 (っていうか二十代で言いたくないけど四捨五入すると三十の大台に乗るんですけど) お肌の曲がり角を通り過ぎておいて、とてもとても、「うっかり」なんてカワイイ一言では済まない。 (気の迷いだ。溜まりすぎだ。きっとそうだ) だけど目につくのは。 筋肉がついていてもまだどうしようもなく細い腕、幼い丸みを残した華奢な肩の線とか、どうやって体重を支えているのかわからない足、片手でひとつかみできそうな白い首筋に、濡れた黒髪がはりついている様とかで。 別に好みなんかじゃないんだ。どっちかっていうとムチムチしたほうが好きだし、唇もぽってりしてるほうが好きだ。ケツも乳もババンッとしてウエストがキュウッとしてるのがいい。二の腕とかぽちゃぽちゃして、太ももがひんやりしてて、押し倒したときに流れる乳を寄せてだな、そういうのが大好きなんだ。大好きなんだよ! なのにどうしてさ。 のた打ち回りたい気分だった。 心頭滅却すれば火もまた涼し。 とはいえど、その後の十五分間はまるで苦行だった。なるたけサスケのほうを見ないようにして、でも視界に入ってくるのは裸で、気づかれないようにして。あがる頃にはぐったり疲れていた。風呂上りでほこほこしてピンク色の頬っぺたをしたサスケが心配そうに見あげてくる。 ……ごめん。 美味そうとか思いました。 汚れた大人です。 このときばかりは人格と別物の下半身が恨めしかった。 俺の股間のデイダラボッチよ、あんまりにも節操なしだ。 |
「お風呂に行こう」/カカシサスケ END |
という逃避。
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