唇をはなした瞬間、3発それぞれ急所狙いの腹すね顎なんだからひどいよね、ああでもちょっぴりぼんやりぐったりしてら、なんだよちきしょうかわいいなあ。あと2発ぐらい叩いていいからあと20秒サービス延長お願いしたい。どうしようかなそうしようかな、おまえどうする、ねえサスケ。 「……なにしやがんだ、このエロ教師」 ごしごし唇こすられちゃうと、ガラスの心臓痛んじゃうだろ、傷ついちゃうだろ、恋する心は繊細なんだ。 そうですそうです、オレは教師で君は生徒、ちなみに銭湯友だちだから両方つくもんついてるなんて承知の上だ。これは愛これは恋いいえそれは錯覚、ええそう錯覚ですねと思いたいところだけど、しかたないだろ、なんだかそうなっちゃったんだ。けものみち茨道お天道様に顔向けできない、だけどそんなのもう知るもんか。 おまえのためなら犯罪もいとわないなんていったら、知るかいらねえ余計なお世話って怒鳴られるのがオチだから言ったりしない。だけどサスケよ残念でした、オレの覚悟はそのぐらいなんだ。 好きだ好きだおまえが好きだ。 さあ言うぞ、いま言うぞ。 好きだ好きだ、おまえのことが大好きだ。 さあ行け、いまこそ告白だ。 俺は世界をもぎとります。 そんなこんなで俺の脳内はまるでドラマの取調室、色気もクソもないスーツを着こなす金縁メガネのオールドミス推定45才(ちなみに処女)みたいなのが俺を冷ややかに見つめてる。オールドミス推定45才(ちなみに処女)はファイルで机をとんとん叩きながら「ユーハブライトトゥコールザメイヤーOK?」と訊ねてくるが、弁護士なんて必要ないのだ。俺の答えは決まってる。 the world is mine 世のなか若気の至りとか気の迷いとかあるもんだよね。数年後とかにいきなり遠い目をして、あの頃オレは若かったとか、苦味のある顔をしてきめちゃったりとかして、ごまかして過去のことにしてしまいたい赤面ごとが。往々にして人生って奴には目から鱗コペルニクス的転回という仕掛けがあるもんだけど、その衝撃って言ったら、ない。 人間不信じゃなくて自分不信になってしまう。呆れる呆れないの問題じゃなくて、なんだろう。 「……うそだろ……」 とため息まじりにしか言えないような。衝撃波は直後はもちろん、少し時間がたって頭が冷静になって、頭の裏側に放り込んでやろう、放り込んだと思ったときにどんでん返しのように姿をあらわすんだから問題だ。 いったい全体、こんな思いをしたのは、俺ことはたけカカシが青い性に目覚め、保体の教科書程度にすら胸だのいろいろときめかしていた頃、隣の席のデブ(男)をしげしげと眺め、Bカップはらくらくありそうなおっぱいで悶々としたとき以来だ。 ……あの頃オレも若かった。 話がずれた。 とどのつまりはこの事態が問題なんだよね。 実は俺って奴は男にもピンポコパンポコたつ嗜好だったんです、えへ、って言われたら、男は女とだけ清く正しくやらしく付き合いするもんだと決めてかかってる人間はふつうびっくりするよね。それが他人ならまだしも自分自身から教えられちゃったんだから、精神的衝撃たるやまさに言葉にもなりはしないって奴だ。 あるとき銭湯で男の子の、それも自分の生徒にムラムラしてしまいました、えへ、で済む問題じゃない。悩んだ。俺は悩んだ。ほんとうに悩んだ。 まあそれでも夜は去るもの朝は来るもの、時は経つもので、日常って奴にはあまり変化はなかった。というか、強制的に変化はなかったことにしてた。 アレはぜんぶ気の迷いだと処理したんだ。三文恋愛小説でもあるじゃないか、出会いの一度目は幸運、二度目は偶然、三度目になったら必然もしくは運命だって。だから一度目は気の迷いにすることにした。(二度目も三度目もなければ自分のセクシュアリティについて考えなくていいんだって、いま思えばバカなことを考えたもんだ。トイレのたびにコンニチワするんだからそんなわけないよね) もともとうちの下宿には内風呂がきちんと付いている、だからいまの部屋を借りたのだ。別に銭湯に行ってお金を払わなくても風呂には入れるんだから、のびのび体を伸ばすことができないとか、ジャグジーを味わえないとか、そんなことを我慢するだけでいい。あとはあの子と過ごす時間がなくなった、それだけだった。ただそれだけだ。 別に一緒に行こうなんて示し合わせたこともないし、たまたま、何日かにいっぺん、任務以外で会うことがなくなる、それぐらいだった。別にサスケも気にする子じゃないだろうし、現に銭湯に行かなくなってもサスケに変化は全然なかったし、というか、そもそも俺がおもしろくて通ってた、それだけ。ただそれだけだ。なんにもない。 もとから、なにもありはしなかったのだ。 さて、話をサスケに3発殴られた時から少々戻してみよう。 しばらくぶりの休日に、俺は掃除でもしようかと昼すぎあたりからのそのそと周りを片付けていた。といってもものがあるほうじゃないからそんなにかかる訳じゃない。 下着以外に溜まってしまった洗濯物や、梅雨のあいまの晴れた日だから布団も干す。茶渋のついたマグカップや急須、湯のみはぜんぶ漂白剤につけこんだ。塩素の匂いがすごくて、忍犬なんかここに呼び出したら怒られること間違いなしだ。 その間に植木のうっきー君にナメクジがついてたりしたのをとってやって、雑草が生えてるのをぶちぶちむしってやる。いい加減、風呂釜が汚くなって水垢も出るようになっていたからフィルターをはずして、奥のほうにボロタオルをまいた棒をつっこんで、シャワーをかけながらガシガシとやっていた。 窓は全開でからりとかわいた風が入ってきて、水をつかっているから風呂場はかなり涼しい。電気はつけてないから青い夏の空を見ると、影が風呂場を浸しているのがわかる。水を打ったように静まりかえった午後にがしがしとこする音だけが響いている。だれもが日なたを嫌うから、いまの時間帯に出歩く人はあまりいない。草ゼミの声が響いている。 と、おもったら沈黙が破られて俺はびくっとした。上の階からどたんばたん、とすごい物音がする。しかも開け放った窓から、悪口雑言らしい怒鳴り声がが飛び込んできた。 (またやってるよ、上の人) 上に住んでるご夫婦は奥さんが大柄で旦那さんは小柄な典型的なノミの夫婦、あと少しで銀婚式らしい。俺の後に入ってきたからおそば代わりにタオルをもらって、そのタオルは今現在フロ釜掃除につかわせていただいてます、ありがとう。奥さんは大きな体でこちらが恐縮してしまうほど気を使う人で、口癖はすみません、だ。反対に旦那さんはとても声が大きいから、この夫婦の喧嘩はほとんど旦那さんの罵声しか聞こえない。 「……だんまりしやがって!なんか俺に文句が有るなら言ったらどうだ!」 うわあ、もう、他所でやってくれって本当に思う。でも感心なのはこの旦那さん、女の人を殴ったりはしないらしい。怒鳴ってものに当り散らすだけで、奥さんを滅多に叩かないんだそうだ、と大家の小母さんが言っていた。いや、でもうるさいんだけどね。 どすーん、ばたーん、とすごい物音がして、びりびりと建物がゆれ、それきりシーンと静まりかえった。さっきまでの大騒ぎが白々しいぐらいの沈黙だった。 終わったのかなあ、と思いながら何でか物音を立てないようにしてしまうのは、野次馬根性だと思う。あまりいい趣味じゃないけども。いい加減フロ釜からボロタオルを引っこ抜いて、シャワーで流す。洗面器に浸しておいたフィルターをスポンジでこすってはめる。今日のフロはいい気分だろう、きっと。 それから目についたピンク色のぬるぬるしたカビが生えかけのタイルを古い歯ブラシでこすった。あとでカビとりしよう。天井にも黒いカビが生えかけてら、と思って目を上げる。 (…ん?) なんだか、でっぱっている。なんていうか、人が乗っかっているトランポリンを下からのぞいた感じといえばいいのか、風呂場の天井に妊婦さんのような膨らみができていた。いや、さっきまで絶対無かった。いつもどおりだった。しかも変事はまだ続く。 (ん?) なんだかドブくさい、ヘドロとかカビのいりまじったにおいが風呂場にぷーんと漂っている。いままで洗剤の人工合成なレモンの匂いしかしなかったのに、一体何だこの臭いは。まるきり下水だろ、これ。バスタブにしゃがみこんだままでいた俺はのろのろと立ち上がった。その頭に何かが垂れてくる。いきなり脳天を濡らした水になんだと顔をあげて、後悔した。 「……なに、これ」 天井から水が漏っていた。でっぱりの近くの壁と天井の境目から横の壁を水滴がうねうねと曲がりながら落ちていく。頭におそるおそる手を持っていき、濡れた髪の毛を撫でる。ああ、嫌な予感だ。指を鼻に持っていった瞬間、恐ろしく後悔した。築二十五年強のおんぼろアパートは腐ってもおんぼろアパートだということがよくわかった。 下水層が壊れてしまった(上の階の)。 きれいなお風呂でさっぱりしたあと、硬めにゆでた枝豆とビール、さらりと乾いた布団といい匂いのシーツで寝るというお楽しみがすこし減った。風呂場は使用できないし、洗面所のほうにも水漏りしていて、棚に入れておいた荷物は大慌てで避難させた。 水浸しになるのはいいんだべつに。台風のときなんか屋根の一部がやぶれて、雨漏りしたこともあったし。問題はものすごい臭いことだ。部屋のどこにいようがアンモニア臭がする状況というのは、実に不幸だった。 大家さんに相談しにいったあと、立会いを頼んで上の階のお部屋を訪ねた。とても恐縮する奥さんとむっすり寡黙に口をつぐんだ旦那さんとお話をして、修繕に関する話し合いを大家さんに立ち会って聞いてもらい、何とか人心地ついたときはもう太陽は西の端だった。 (今日はもう外でメシくって、風呂はいって寝よう) トイレくさいなんてもしサクラに言われたら、きっと一生たちなおれなさそうだ。いや、忍者だからにおいなんてしないようにするよ、想像しただけだけど。でも想像だけでもべっこりヘコむ。明日も任務だし、今日このトイレ部屋で寝るって嫌だなあ、誰かにとまらせてもらおう、そうしよう。風呂は銭湯でいいやもう。 (……銭湯、かー) あの運命のコペルニクス的転回からスーパー木の葉の湯の敷居をまたいでいなかった。 藍色の夜はもう西までひろがりだしていたけれど、金色に潤んだ雲の境よりむこうはまだ夕映えの色だった。上弦の月が灰色の雲間に白く浮かび、金星だか火星だかが光りだしている夏の宵、まるで写真みたいに黒くすすけた一本煙突が、誰かの忘れ物のようにたっている。 近道だからと神社の境内を裏手から通り抜ける。トタンや瓦屋根をつき合わせる住宅や下宿のつつましい明かりを横目にあるいていけば、空き地はもうススキが子供の背丈ぐらいに生い茂って青臭く、踏みしめるサンダルの下の土はまだ太陽の名残で生ぬるい。淡墨のように漂いだした闇のなか、ときおりすれ違う影に暗い色の髪を見つけては少し目を凝らしてしまった。 ゆるやかな坂道をくだって、すこし細い路に入れば、スーパー木の葉の湯が黄色い明かりを暖簾をかけたガラス戸からこぼしている。 洗いざらしですこし色あせた藍染を白く抜いた「ゆ」の文字を見て回れ右しようかと思ったが、服からトイレの臭いががするんだから、しょうがないだろう、もうこれは。 ガラっとガラス戸をあけると、飴色のいい色をした木作りの番台の上、ちょうど顔あたりで爺さんがにこりと笑っていた。 「おや、ご無沙汰」 「はあ」 親父さんの科白に内心冷や汗で笑い、小銭がないから大きいお金で払ったら爺さんは電卓を人差し指でカチカチと押して、暗算のほうが早いとおもうぐらいののろさだ。たまに視線がちらちら女湯のほうに行ってる。まったく爺さんめ、うらやましい話だ。 ざっとロッカーを見たところあまり人がいるわけでもないらしい。ロッカー式じゃなくて籠だったらあの見慣れたTシャツが有るかどうかわかるんだけどな。 「あの子ならいないよ」 「え?」 「12歳ぐらいの、うちの常連さんだろ」 そんなにきょろきょろしてるつもりなかったのに、ばれてたんだ。あなどれない、人を見つめて数十年の爺さんは、と心底思った。でもサスケがいないと聞いて、ほっと安心したのと同時に、すこしだけ残念なような気がした。 どうしていない時のほうが相手のことを考えてしまうんだろう、思い出す顔や声ははっきりわかってると思っていても、やっぱりどこか違う。目の形や、いつも見下ろす旋毛、耳から頬のまだ柔らかかった線とか、男の子らしいすこし骨ばって筋肉のついた、でも丸みがはしばしにのこった肩とか、断片ばかりが浮かんできた。すこし生意気な唇のつりあげ方とか、伏せたときの睫の直さ、こんなに覚えてるのに、でも本物じゃない。 銭湯であうとなんとなく一緒に帰ったりして、たまに飲み物おごってやったりとかした。そうするとちゃんとありがとうも言ったりするし、なんとなく、なんとなく口元がほころんでるのも知ってた。それはたまにサクラとかナルトが大騒ぎしているのを見ているのと同じ顔だった。いつもはとんがってる髪の毛も濡れればしんなりしてて、夜風に機嫌がいい猫みたいに目を細めていたりした。 最後にサスケと夜に銭湯からの帰り道を歩いたのはいつだっただろう。なんでか一生懸命思い出そうとしながら、もそもそと服を脱ぎ捨てる。ロッカーの鍵を腕に引っ掛け浴場に入ろうとした、ちょうどそのときだ。 「いらっしゃい」 男湯と女湯をしきる番台は高めに作ってあるから代金を払うときは上を見ないと払えないよね、お前と身長、頭ひとつ半違うから。しかも躾がきちんとしてあるから、こんばんは、ってちゃんと答える。声変わりしたての、すこしかすれたサスケの声だ。頭が再生したすりきれたやつじゃない、ほんとうに本物だ。 緑色のバスマットの上、素っ裸にタオルだけの格好でほけっとしてると、ばっちり目が合ってしまった。サスケが俺を見て、形のいい眉の端をすこし上げる。よ、と俺は片手をあげるしかない。ちょうどそのとき、お風呂から上がったおじさんが、入り口にいる俺を邪魔そうに睨んだので、湯気で煙る浴場に入るしかなかった。 ああもう逃げ場はない。 なんで下水層なんて破壊するんだ、夫婦喧嘩め。 だが俺とて天才と呼ばれた上忍、心構えがなかったわけじゃない。三十六計逃げるにしかずというが、死地の中に活路を見出す、それもまた戦の掟。無様な姿を晒してなるものかとがんばった。それはもうがんばった。視線はまず標的サスケから極力外していたし、たとえいろいろ五感が拾いあげようとも、がんばった。 石鹸の匂いがふんわりしようが、泡まみれの膝小僧が見えようが、湯船の中で白い足が横に伸びてようが、目の前を濡れたタオルに包まれたお尻が揺れてようが、がんばった。 ええ、がんばったさ……! 「カカシ、大丈夫か」 「ああ、ちょっと湯あたり起こしただけだから」 ぐったりと自分との戦いをくりひろげて疲弊していたらサスケがすこし心配そうだ。頭に血が逆流しただけだよ、といえたらどんなに楽なことだろう。にしてもそのシャツ、やたらと露出してるよね、とやけくそなことまで考えた。一度目は気の迷いで済む。じゃあ二度目は、二度目はなんなんだ。 立ってる気力もなくなって、籐と竹でできたベンチに腰掛けながら頭を拭いていた。髪の隙間からいかにも爪先まで血が通ってるとわかる指先の赤い足がこちらにぺたぺたと近づいてくる。すこしふやけているのか、爪が白い。顔をあげるとひやりと冷たい空気が頬を撫でた。 「やる」 「……ありがと」 左手には瓶牛乳を持ったサスケが立っていて、やっぱりすこし指先がふやけている右手で差し出されたウーロン茶の缶をありがたく受け取った。普段はさらしで巻かれているところの肌がいっそう白くて、青い静脈も浮いてみえるぐらいだ。でも指は日焼けしていて筋っぽいし、やっぱりサクラよりはもう手が大きい。 サスケは俺が湯あたりでも起こしたのかと思ったらしい。当たらずとも遠からずだったし、壁に取り付けられた扇風機のゆるい風だけじゃ暑かったから、手のひらがかじかむぐらいに冷えたウーロン茶はほんとうにおいしかった。 帰り道をサスケと歩きながら考える。 なんかやっぱり気の迷いだとか思ってたんだ、安心してたんだ。それからあと花町行ったらきちんとお姉さんたちに優しくしてもらったし、役立たずになったわけじゃなかったし、男の子の写真見て元気になるなんてこともなかったから、そうかそうか、やっぱり気の迷いだった、とか思っていた。 そのくせ足がこのサスケに遭遇する可能性の高いスーパー木の葉の湯から遠のいていたわけだから、やっぱり予想していたのかもしれない。 ぐるぐる巡る考えにだんだん足取りが重くなってくる。土を噛む靴音がゆっくりになった。 でもなにより気がついてしまった。 べつに風呂なんて知り合いから貰い湯だってできたという事実に。行かないで済む方法はいくらでもあった。風呂に入るのをがまんして、タオルで体を拭くだけだって衛生は死なない程度に充分だ。任務中なんて何日か入らないなんてあたりまえだし、我慢できないはずもない。 となりを歩く頭を見る。 つまり俺はサスケに会うかもしれないから行けなかった木の葉の湯に、行きたかったんだ。いないでくれよ、と思いながら木の葉の湯にのこのこ出かけていった。うちの風呂が使えないこと、木の葉の湯に出かける理由を作って自分に言い訳していた。 サスケに万に一つも会えるんじゃないかと思ってた。期待してたんだ。 女の子に役立たずじゃなくて、だけど別に男の子の写真に興味があるわけじゃないって、そのほうがよっぽど重症ってことだろう。もうこれは認めるしかないじゃないか。 (……うそだろ……) 一度目は気の迷い、二度目は偶然、三度目は必然とかいったの誰だ。まだ二度目だろ、必然じゃないだろまだまだ偶然だろ。偶然かもしれないけど、特別なんだ。偶然だけど特別という事実はもう疑う余地はない。三度目じゃないのに確信しちゃったってことは、もうしょうがないじゃないか。認めるしかない。 運命にしたいんだ。 (好きなんだ) 心にふってわいた気持が言葉で固定された瞬間、ついに足が止まってしまった。サスケが怪訝に思ってるのがわかる。 立ち止まったのは木の葉神社の境内だ。罰当たりにも近道だからいつも使ってたんだけど、サスケとの帰り道が別れるのはもう少し歩いたところにあるから、おかしく思うのも当然だった。 何日か後に祭があるから神社には骨みたいな櫓が組まれかけて、いつも静かな社にはほんの少しだけ人の気配が残ってる。いずれざわめきの余韻を塗りつぶしてしまう縁日の喧騒は、記憶から引っぱりだしたいつの年かもわからない霞んだものだから、なおさら夏虫の音は夜のしじまに冴え冴えとした。 鎮守の森は昼でも木下闇が濃いのだ、夜になればなおさら暗がりは深いのに、サスケの髪も目もうっすらと闇の中で光ってる。その黒瑪瑙みたいな眸が夜のうす明かりに光ってる、そんなの見たら、提灯が花火が映りこんだらとか思うだろ、笑ったらとか思うだろ。 腹でも痛いのか、ととんちんかんなことを尋ねられて、ああサスケは一生ニブチンだろうなあ、女の子かわいそうだな、つうか俺ロマンチックだったのに腹痛なんてかっこ悪い、かわいそうだなとか関係ないことを考えてみるが、いまはどうしようもない、心配してくれてるのか気に掛けてくれるのかって思った瞬間、心臓がどこどこ脈打つのがわかる。 腹でも痛いのかなんてロマンのかけらもない科白だって、今の俺にはロマンチックでときめくんだ。バカみたいだけどしょうがない。偶然なんかにしないんだ、必然だ運命だ、そうなりたいんだ。 我慢するだけでぎりぎりだ。自覚したらあとからあとから気持ちと衝動が噴火みたいにこみ上げて、笑い出したいんだか泣き出したいんだか、きっとすごい情けない顔をしてるに違いないんだ。マスクで隠してたってばれちゃいそうだ。 いま視線なんて合わせられない。だって俺、教師だぞ。しかも最初の生徒だ。でも視線が合ったらさいご絶対むりだ。 「カカシ?どうした」 いま視線を合わせてしまったら、とおもったらサスケが顔を覗き込んできた。さっき腹痛とか言ってたくせに、何でこいつはこんなタイミングに限ってはずさないんだろう。 せっかく我慢したのに。 ああもう知らない俺は知らない、誰が悪いって喧嘩して俺んちの風呂をつかえなくした夫婦が悪い、サスケが悪い。文句なんて知らない訊いてやんない、あとで一発殴られてやるからもうそんなのどうだっていい。いまから俺は勝手にする。 この気持ちがかなったら世界は俺のものも同然、俺が神だろ地軸だろってなもんだろ。恋っていうのはそんなもんだろ。だけどまだ俺用の狭き門は開いてないんだ、天国はまだまだ遠いし天使のラッパもフライング、いまは平身低頭ひたすらお辞儀だマイリトルサン。ファンファーレはきっと鳴る。 だけどファンファーレってのは鳴るもんじゃない鳴らすもんだ。そうだろそうだなマイリトルサン。開けゴマでも何でもいいや、ドアの向こうは俺の世界だ、いいから蹴破れヘブンズドアー。 (やっぱ我慢なんて俺にはむり無理やっぱやめ) 気の迷いならこれですむ。 朝が来たなら教師カカシがちゃんと来る。だから今だけ一瞬だけだ。 臨時廃業、これより教師を一瞬やめます。 いま現在は男一匹はたけカカシだ。 代金しめて鉄拳三発もってけ泥棒ただいまご注文を勝手に承ります毎度あり。 とっておきのとびっきり、酸欠失神スペシャルコースで、してみて驚け腰くだけ。 俺のぜんぶでキスしてやる。 |
「The world is mine」/カカシサスケ |
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